人間は強いストレスがかかると「子ども返り(退行)」しやすくなる。子ども、特に赤ん坊は周囲の大人が常に気づかってくれているため、何でも自分の思い通りにできる万能的な存在だ。
「しかし、どうしても自分の思い通りにならないと、『暴れてやる!』となります。同じようなことを大人がした場合は『悪性の退行』といい、エリートビジネスマンに多いといわれるドメスティック・バイオレンス(家庭内暴力)もその一つです」と小澤教授は語る。
そんな危険きわまりない動物に化けてしまったら、家族機能など望めなくなるのは誰の目にも明らかだろう。
では、私たちは普段の生活のなかでどのような点に気をつけていけばいいのだろう。小澤教授は夫婦間におけるストロークの重要性を指摘する。「ストロークは人間関係において、普段の会話を通して長期的なよりよい関係を築いていくということです。テニスにたとえるなら、長いラリーを続けられるようにすることです。でも、コートの隅にボールを打ち合っていたら、すぐにラリーは続かなくなる。だから、お互いにセンターへボールを返してあげる。同じように会話のラリーを続けていくようにしたらいいのです」
奥さんが「あなたって、何でこんなにお給料が少ないの。隣のご主人はこんなにもらっているっていうわよ」と話したら、それはライン際に打ち込んでいるようなもの。そして主人が「隣の奥さんはパートに行っているぞ。おまえも働いたらどうだ」と言い返した途端、もう会話は続かなくなる。その後は、お互いに口をきかない“冷戦状態”に陥る可能性が高い。
逆に、もし主人が「そうだね。でも、実はこんな仕事をしたいと考えているんだ。そうしたら少しは生活も楽になるかもしれない」と返してあげたら、奥さんは「そうだったの」と真剣に受け止めるはず。『沈まぬ太陽』でいえば、ラストで再度ナイロビ勤務を命じられ「逃げずに行ってみたいと思うんだ」と語る恩地に対して、すでに独立し家庭を持っている娘が猛反対するなか、「お父さんの決めた通りでいいわ」という妻・りつ子(鈴木京香)との会話がそれに当たるのかもしれない。