震災直後、仙台工場に赴任した新米工場長。津波で甚大な被害を受け、いまだ操業再開に至っていないこの工場を最高レベルの工場にしようと動き出した。
どこよりも高効率できれいな工場に
「ゆで卵です。工場長もどうぞ。あっ、回してもらえますか」
屋外に散乱した缶ビールを拾う作業の手を休め、ベテランの女子社員が紙袋を回してくれる。中にはゆで卵。彼女が出勤前に、みんなのために作ってきてくれたものだ。
「ありがとうございます。いただきます」。キリンビール仙台工場の横田乃里也は、「工場長」と呼ばれても、まだ馴染めない自分を感じながらも、袋から一つを取り出す。
曇り空の午前10時半。草の上にみんなで車座となり、殻をむく。手渡しで食塩も回ってくるが、その後は菜っ葉の漬物がやってきた。別の女子社員が、やはり自宅で漬けた一品だった。
「おいしい」「ホント? よかった」「昼までもう一息だから、卵食べて頑張ろう」。泥だらけになりながら、1日中しゃがみこんでの作業は足腰にかなりこたえる。辛い作業のはずなのに、車座からは笑顔がこぼれる。
日差しは強くなり、「あのとき」から1ヵ月が過ぎようとしている。少し離れた場所でも、同じような車座ができ、やはりみんなで何かを食べている。
「こんなに厳しい状況なのに、文句を言う人がいない。何より、みんな元気で明るく、会社のことを考えてくれている」。横田は、そこはかとない手応えを感じた。同時に、ぼんやりとだが、ある決意を思い抱く。
「単純な復旧ではなく、復興を目指そう。つまり、どこよりも高効率できれいな工場にする。やる気がある人がこんなにいるのだから、最高のビール工場ができるはずだ。そのためには、(9月下旬に醸造を始める)あのビールを、何としてもつくり上げなければ」