交渉における3段階のアプローチ

[1] 内輪で交渉の準備をする

賢明なネゴシエーターは、交渉の席につく前に自分の優先事項や交換条件について徹底的に検討する。そうすることで創造的な選択肢を編み出せるし、新しい提案が出されたときに即座に対応できる。欲張った(野心のある)目標は、明らかに非現実的なものでないかぎり自己達成効果を持つことがある。

同時に、まだ相手に会ってさえいないうちから、仮想の取引案の比較に没頭しすぎないよう注意する必要がある。行動経済学者の言葉でいう「maximizer(最大限のものを得ようとする人)」は、とくにこの落とし穴にはまりやすい。それに対し、「satisficer(そこそこで満足する人)」は、いろいろな選択肢を検討するにあたり、手っ取り早い方法と大雑把な目安を使う。そうすることで、彼らはよりスムーズに、目標を追求する体制に切り替えることができる。

satisficerはmaximizerよりも結果に満足して交渉を終えるということが、研究によって明らかになっている。

この研究は、交渉の準備のための2つの教訓を示している。1つは、目標を設定するとき「『完璧』を『よい』の敵にしてはならない」である。数え切れないほどの選択肢を比較検討するのは、膨大な時間とお金がかかってしまう。2つ目は「あなたの目標や交換条件を暫定的な出発点とみなそう」だ。

[2] 相手にオファーを提示する

相手にたくさんの選択肢を提示しすぎることは、相手に対する親切とはいえない。優れたネゴシエーターは、少数の提案を効果的に持ち出す方法を心得ている。その1つは「比較の原理」を利用することだ。あまり魅力的でない案を出して、もう1つの案をより好ましいものに見せるのである。だが、この方法はいきすぎると、巧妙なごまかしになりかねない。

選択肢の言い回しはとくに重要だ。スウォースモア大学の心理学教授、バリー・シュワルツは、近著『The Paradox of Choice: Why More Is Less(選択のパラドックス:なぜ多いほうが少ないのか)』(2004年・邦訳なし)で、ある実験を紹介している。子どもの監護権をめぐって争っている両親のどちらに監護権を与えるべきかを、参加者に判断させるという実験だ。片方の親は平均以上の収入があり、子どもとの絆も強いが、健康上の問題を抱えており、出張も多く、社交活動も活発に行っている。もう一方の親はこれらすべての点で平均的である。

1つの参加者グループに「どちらの親が監護権を持つべきか」と尋ねたところ、3分の2近くが前者を選んだ。プラス面がマイナス面を上回ると判断したようだった。もう1つのグループには、「どちらの親には監護権を与えるべきでないか」と質問した。この場合には、プラス要素とマイナス要素が混在する親を選んだ人が少しだけ多かった。否定的な言い回しが、参加者にその親の弱点により注目させたのだ。

「イエス」を引き出すか「ノー」を引き出すかは、われわれが提示する選択肢の中身だけでなく、それらの選択肢をどのように提示するかにも左右されるのである。