交渉に期限を設けると自由度を奪われ、不利になると考えるのは間違いだ。早く合意に達しなければ、というプレッシャーは、あなたの交渉相手にも等しくかかっているのだ。それを利用しない手はない。
1998年夏、全米バスケットボール協会(NBA)の球団オーナーと選手が新契約をめぐって対立した。6月30日の深夜12時、オーナー側はロックアウトを宣言し、98~99年NBAシーズンの開幕に向けた準備を停止した。選手とオーナーは6カ月にわたって交渉を続け、その間に両者は合計すると何億ドルにものぼる損失をこうむった。
結局、この対立を解決したのは期限だった。オーナー側は、99年1月7日までに選手と合意できなければ、今シーズンの残りの試合もすべて中止すると宣言した。要するにオーナー側は適当な日を選んで、自分たちが交渉に応じる最終期限を決めたのであり、選ばれた日がいつであろうと、それはどちらの側にとっても重要ではなかった。公に発表することで、オーナー側は期限を過ぎたら決裂を宣言するという立場を明確にしたのである。1月6日の早朝、両者はオーナー側にきわめて有利な条件の契約で合意をみた。
行き詰まった交渉を前に動かそうと思うなら、期限は必要不可欠だ。何も前進がないまま何カ月も交渉を続け、決定的な期限がくる前の最後の瞬間にようやく合意に達するというしたたかな交渉相手の話を、われわれはいやというほど知っている。期限がなかったら、ネゴシエーターは、相手がプレッシャーに屈して譲歩するのを期待して、引き延ばし戦術を使いたいという思いにかられてしまう。
期限は、最も誤解されている交渉戦略の1つである。多くのネゴシエーターが交渉に期限を設けることを敬遠する。たしかに、期限があるとネゴシエーターの自由は減るし、早く合意に達しなければというプレッシャーもかかる。一方で、期限が相手側にかかる合意へのプレッシャーを強めることも、また事実である。
期限は双方に作用する
ネゴシエーターが最終期限を敬遠するという誤りをおかすのは当然かもしれない。なにしろ、交渉に関するあるベストセラー本は、ネゴシエーターに期限の危険性をいやというほど説いているのだから。80年にベストセラーとなった著書、『交渉ごとに強くなる法』(85年、三笠書房)で、ハーブ・コーエンは、自分が初めて大きなビジネス交渉を任されたときの体験を紹介している。勤務先の会社が日本のサプライヤーとの交渉のために彼を日本に派遣した。彼が到着すると、迎えた側は彼にいつまで日本に滞在する予定かと聞いた。1週間後に帰るつもりだとコーエンは答えた。その1週間、彼はさまざまなパーティや名所めぐりや飲み歩きで接待漬けの日々を過ごした。日本側はコーエンの帰国予定日の前日になるまで真剣な交渉を始めようとはせず、両者は結局、空港に向かう車の中で契約の細部を詰めるはめになった。その結果生まれた契約は相手側に有利なものになったと、コーエンは確信している。飛行機の出発時間という期限のプレッシャーの中で、自分は譲歩しすぎてしまったのだと。