英国の事例から学ぶべき「現実的対応」

最低賃金引き上げを具体的にどう進めるかにあたっては、英国の事例が参考になる。同国は最低賃金引き上げの成功例とされるケースが多く、同国に習って積極的な最低賃金の引き上げを主張する声も聞かれる。だが、その内容を子細に検討すれば、同国の事情に即した現実的な対応をしてきたことがわかる(※3)

第1に、景気動向を考慮しながら引き上げられてきており、景気悪化時には引き上げペースを抑えている。第2に、わが国との比較の際に留意すべきは、インフレ率が異なることだ。英国の最低賃金上昇率は名目ベースでは高め(過去20年間の平均引き上げ率は約4%)だが、実質ベースでは2%をやや上回る程度に制御されている。第3に、雇用へのマイナス影響が生じないように、スキルの低い若年労働者には別枠で低い賃金率を適用している。しかも、最低賃金を引き上げるに従ってこの別枠を増やし、きめ細かく対応してきた。

わが国への示唆という点で、全国最低賃金制度の導入に際して創設された「低賃金委員会(Low Pay Commission)」について紹介しておきたい。同委員会は、ブレア政権下の1997年7月に創設され、そのミッションは労使協議の重視と事実に基づく議論を基本原理として、最低賃金率の提案を行うこととされている。労使それぞれ3名および公益3名の計9名から成る独立機関で、委員は高い専門性により「雇用面などへのマイナス影響を及ぼさずに低賃金労働者の処遇を改善する」という使命を協力して追求することになっている。

エコノミスト、統計専門家、政策専門家をメンバーとする事務局を有し、事務局は委員会の提案に必要なエビデンスを提供する。委員会は創設以来2019年4月までに130以上の研究プロジェクトを実施し、レポート第1号のために全国60地域を訪問したという。

(※3)以下はLow Pay Commission(2019)“20 years of the National Minimum Wage”に基づく。

引き上げ方針の提案を行う「専門委員会」の設置を

以上を総合すれば、今後わが国で最低賃金を引き上げていくにあたって、考慮すべきポイントは以下の通りである。

①最低賃金上昇率は実質ベースで2%程度が望ましく、わが国の物価上昇率が1%程度であることを踏まえれば、3%程度の引き上げペースが妥当といえる。3%を上回る高めの賃上げ目標を掲げるならば、英国ほか欧州各国に習い、スキルの低い労働者には別の賃金率を設けることが考慮されるべきであろう。

②最低賃金の一層の引き上げに向けては、総合的な政策(生産性向上支援策、労働移動円滑化支援策)が重要になる。

③最低賃金の引き上げの雇用・賃金への影響については、a)需要独占状態における労働供給増加効果、b)赤字企業の再編による経済効率の向上、c)企業倒産による雇用減、等様々なルートが想定され、多面的な実態把握によるきめ細かい対応が必要になる。