既存の対立構図は「雅子皇后誕生」でガラガラと崩れた

メディア、特に週刊誌は物事を善と悪に単純化して報道するのが常道である。雅子さんが公務をこなせない時は、その分も引き受けて、公務に、子育てに、秋篠宮家を切り盛りしてきた紀子さんにスポットライトを当ててきた。

「美智子さん&紀子さんvs.雅子さん」という構図をつくり上げ、あることないことを報じてきたのである。

その構図は、雅子皇后誕生でガラガラと崩れてしまった。国民の中には愛子天皇を期待する声も大きくなってきている。

すると週刊誌は恥も外聞もあっという間にかなぐり捨てる。雅子皇后の時代が来た、やはり元外交官でバリバリやっていた女性は違うと、手のひら返しをしたのである。

紀子さんの胸中いかばかりであろう。美智子皇后を手本として公務も雅子さんの分までやってきた。娘2人と長男を育て、たまには夫婦げんかもしたが、大きな波風も立てずに一生懸命やってきた。それなのになぜ? そう思うのは当然であろう。

必要なのは人間としての弱さを見せることではないか

『女性自身』(6/18号)によれば、紀子さんはこれから眞子さんと2人きりの公務を増やしていきながら、冷え切った親子関係を修復し、公務に取り組む中で「小室さんの自分勝手な姿勢にきっと違和感を抱き“覚醒”してくれるはず――。紀子さまはそういった希望を胸に、眞子さまに連日の嘆願を続けていらっしゃるのでしょう」(皇室担当記者)。

だが、娘の圭さんを思う気持ちが強いことは、母親である紀子さんが一番分かっているはずである。公と私を秤にかければ、皇室は公が重たい世界かもしれないが、娘にとってどちらが幸せかをいま一度考えてあげてほしい。

紀子さんはきっと芯の強い女性なのだろう。だが、今、紀子さんに必要なのは人間としての弱さを見せることではないか。娘たちのこと、長男の教育のこと、夫・秋篠宮のことなどで悩んでいる姿を国民に知ってもらうことで、再び共感を得られ、この「ご難場」を切り抜けられると、私は思うのだが。

(文中一部敬称略)

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)などがある。
(写真=時事通信フォト)
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