※本稿は、阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
なぜマックのメニューは見づらいか
マクドナルドでビッグマックのバリューセットを買ったときのことを思い出してください(買ったことがない人は、想像してみてください)。
そのときビッグマックのバリューセットを選んだのは、たんに食べたかったからでしょうか? 食べたくないものを買うわけはないので、もちろんそのとおりでしょう。でも、よくよく考えてみれば、別にバリューセットではなくても、よかったかもしれませんよ。「本当はポテトはいらないんだけど……」と思っていた方もいらっしゃるはずです。
にもかかわらず、なぜバリューセットを買ったのか――。
マクドナルドのレジカウンター後方に掲げられたディスプレーには、キャンペーン中の商品とセットメニューが画像付きで大きく掲示されています。そこには、単品や100円商品など、比較的安価な商品は普通、表示されていません。
それらの商品も掲載されているフルメニューはレジカウンターに置かれているため、もしディスプレーに掲載された商品とは別のものを選びたいなら、順番が回ってきてあわててメニューから自分が欲しい商品を探すことになります。
もし、そのとき自分の後ろに長い列ができていたら、「早く決めなければ」というプレッシャーを感じ、結局ディスプレーに掲載されたセット商品を選んでしまったという人も多いのではないでしょうか。
ベストではなくベターの選択をする消費者
意思決定の際に時間的圧力を感じると、人間は厳密な論理で熟考し正確な答えを得る代わりに、直観で素早く近似的な解に到達する「ヒューリスティック」という簡便な方略をとります。
つまり商品を買うことで得られる効用(今回の場合、味や値段、ボリュームなど)が最大になるように、ハンバーガーの種類、サイドディッシュの種類とサイズ、ドリンクの種類とサイズと、一つひとつ厳密に吟味するのではなく、列で待っているときに見ていたディスプレーの中から、効用がおよそ最大になるようなセットメニューを素早く選んでしまうのです。
もちろん企業にとっては、顧客に単品よりセットメニューをオーダーしてもらった方が、利益が上がりますよね。
人間の認知資源は限られているので、効率よく情報を処理するために単純化された意思決定プロセスであるヒューリスティックを使います。それは必ずしも最適な判断には至りませんが、通常は満足できるレベルの判断になることが予期されます。
しかし状況によっては、大きな間違い(バイアス)を引き起こすこともあります。
それではヒューリスティックにはどのような種類があり、それらはどのようなバイアスを生み出すのでしょうか?
認知心理学や行動経済学で研究されているヒューリスティックは、おもに「利用可能性」「代表性」「固着性」の三つに分類されます。一つひとつ見ていきましょう。