「愛想笑い」はなぜ起こるのか

ここで、現場における力関係を考えてみたい。時間を割いて取材にご協力いただく(もちろん、謝礼もお支払いしている)ご家族がもっとも尊重されるのは当然として、以下、制作サイドのエラさの序列は次のようになるだろう。

広告主>広告代理店>制作会社>カメラマン>ライター(中川)

カメラマンとライターの差については、「なんとなく、そういうことになっている」としか言いようがない。カメラマンは“ザ・プロフェッショナル”ともいうべき技能職である一方、ライターは「何でも屋」「小間使い」的な立ち回りをすることが多い。これは雑誌の仕事でも同様である。

こうした仕事は過去に何度も手がけてきたわけだが、現場に「主役」「接待すべき相手」「すごくエラい相手」「尊重すべき相手」がいる際に発生するのが「愛想笑い」である。

乱発される愛想笑いを見て、気づいたこと

愛想笑いというものは「エラさの序列」が存在する場面で発生する。社内の打ち合わせでも、かなり職位が高い人がその場にいたりしたら、発生する。テレビでも、大御所芸能人の冠番組などで取り巻き風の連中が大御所に愛想笑いをしている姿を見つけることができるだろう。

そして先述の取材においても当然のように愛想笑いが乱発されていたのだが、そこでふと気づいたのは「あぁっ、オレは愛想笑いをしないでも良心の呵責がない程度の労働者になりたかったのだ!」ということである。

今回の現場には6段階の階層があり、私は立場的には最下層に位置していた。それでも、愛想笑いは一切しなかった。対して、他の人々はかなりの頻度で愛想笑いを浮かべながら「ハハハハ!」と声をあげ、全員が一斉に笑ったりしたら「ドッ!」と沸くこともあった。ちなみにカメラマンは、それほど笑ってはいなかった。何しろ彼は撮影に専念しなくてはならない。

取材相手はとても饒舌な人で、とにかくいろいろなことをしゃべってくれた。時には本当に面白いことも言ってくれるので、その場合は私も素直に笑っていたが、ちょっとした自虐ネタやら箸休め的なジョークについても皆がいちいち愛想笑いを浮かべていたので、正直、その空間に身を置いているのがキツくて仕方なかった。本当に面白いわけではないのに「笑わなくてはいけない」と考える仲間がいると、どこかに取って付けた感が醸し出されて、居たたまれなくなったのだ。

そんなこともあって、私はメモを取るなど自分がやるべきライターとしての仕事を黙々とこなしつつ、カメラマンが仕事を進めやすいようにレフ版を持ったりと、現場をスムーズに回すことを心掛けた。