【神田】談志師匠は一瞬一瞬勝負している感じがありました。高座ではお客さんと演者の呼吸が合わないときもままありますが、談志師匠の高座はぴたっと重なって、500人なり1000人なりのお客さんが師匠の発する一音一音を聴き漏らすまいと聴いている。お客さんが自分の唾を飲み込む音すらうるさいと感じる空気感を出せる演者はそういないです。

扇子の向こうが僕の居場所なんじゃないか

【田原】談志さんは本当に毎回、真剣勝負でしたね。ほかの落語家はそうじゃない?

神田松之丞●1983年、東京都生まれ。聖学院高校、武蔵大学を卒業し、2007年に三代目神田松鯉に入門。12年に二ツ目に昇進。18年、第35回浅草演芸大賞新人賞を受賞。20年2月に9人抜きで真打ちに昇進予定。

【神田】寄席を出て横曲がったら忘れてしまう、ケラケラ笑ってその瞬間は楽しかったという落語も美しいし、素晴らしいです。一方、談志師匠の落語は芯に残る感じ。若者に訴える、力強さがありました。

【田原】名人たちの芸を見て、芸人になろうと志すわけですね。

【神田】僕は小学4年生で親父を亡くしています。それ以降、無理やり大人にさせられたようなところがあったのですが、一方では自分の居場所を探しているところもあった。高座では扇子1つ置いて、ここまではお客、ここからは芸人と境界線を引きます。客席から見ていて、扇子の向こうが僕の居場所なんじゃないかと強く感じたんです。

【田原】でも、松之丞さんは大学に通う。すぐ芸の世界に飛び込まなかったの?

【神田】お客としての時代がもっと欲しかったんです。演者になると、きっと演者としての立場でしかものを考えられなくなる。そう思って、まず客としての目を磨くために4年間を使おうと思いました。ヘンな言い方ですが、そのころが僕の客としての全盛期。いまよりずっと尖ってましたね。

【田原】面白い! 普通は憧れが強いと早く演者になろうとするのに。

【神田】お客の時代が長いほうが、プロデューサー感覚が養われるんじゃないですか。たとえば会にどのゲストを呼ぶとか、どの小屋でどの時間帯にやるとか、どのネタを選ぶとか、細かいところですけど客の時代が長い人はおかしなことをしない。僕はいま松之丞という芸人を自分で客観視してプロデュースしている感覚がありますが、それもお客としての経験が長かったからだと思います。