小泉元総理もそうですが、お礼の言葉は短いほうが心に残るような気がします。私の知人の男性も、シンプルだけれど、とても心に響く言い方でお礼をおっしゃる方です。実を言うと、その方は相手の耳が痛いこともおっしゃるし、横柄な印象を与えることもあります。その代わり、本当にここぞというときだけ、「どうも、ありがとう」とおっしゃるのです。「どうも」と「ありがとう」の間に一拍の間があり、私の目を見ながら低い声でゆっくりと「どうも、ありがとう」と言われると、心がじんわりと温まってくるよう。部下の指導においては、「褒めるのは人前で、叱るのは二人きりで」が鉄則だと言いますが、その方は二人きりになったときや少人数のときに限って、「どうも、ありがとう」とおっしゃるので、それも言葉に真実味を感じる理由の1つかもしれません。

「ありがとう」だけがお礼ではない

「ありがとう」以外の言葉でも感謝を伝えることができるのだと気づいたのは、天皇皇后両陛下が地方に行幸啓になられる往復フライトにお供したときのことです。美智子さまが、行きのフライトを終えて専用機を降りられるとき、頭を下げて見送る私たちCAに向かって、「行ってきます」とお声をかけてくださいました。そして復路で再び専用機に乗られるとき、機内入り口に立ってお迎えする私たちの前でふと足を止めて、小声で、「ただいま」とおっしゃったのです。

通常、私たちCAはお客様の目を見てご挨拶します。しかし両陛下に対しては最敬礼のままお迎えするので、美智子さまから私たちの顔は見えません。つまり行きと同じスタッフかどうかわからないにもかかわらず、私たちの前でいったん歩みを止めて、「ただいま」と言ってくださった。このたった一言で、「親しみを感じています」「あなたたちを信頼しています」「いつもありがとう」「また会えましたね」など、実に多くの意味を表現なさったのですから、やはり人の心を慮ることに長けておられます。周囲の人間が「してくれる」ことに対して常に気を配り、心を砕いていらっしゃるからこそでしょう。

読売新聞/AFLO=写真左、AFLO=写真右