「腰痛にMRIは必要ない」「経口避妊薬に身体検査は不要」
必要性が疑われる医療行為を「5つのリスト」として公表していました。「子供にCTを取ってはならない」「精神疾患に安易に薬を出すな」「腰痛にMRIは必要ない」「爪水虫に飲み薬を使うな」「経口避妊薬を出すときに身体検査は不要だ」など、専門的な指示を出していました。
見ていくほどに、私には「衝撃のリスト」という表現がふさわしいほどの影響力の大きなものに感じられました。そうして5年後の2018年9月には米国の本部であるABIMファウンデーションにまで取材に行くに及びました。
取材を経て、米国に存在している、日本と共通した、ムダな医療をめぐる問題意識に突き当たったのです。日本に存在している構造的な欠陥は共通していないものの、ムダな医療をなくそうと国家レベルで動こうとしていたのです。
米国では医療行為の「価値」に目を向ける動きが強まっていたのです。「バリュー・ベースド・メディシン」、すなわち価値に基づく医療と呼ばれる動きです。医療行為が実際に利益を生むかどうかを重視されるようになっています。
この分野をリードする研究者で、チュージング・ワイズリーに関する論文も複数発表している、米ハーバード大学公衆衛生学教授、メレディス・ローゼンタール氏は「医療行為の価値を高めようと政府や保険会社などが動いている」と語っています。
そうした大波の波頭にチュージング・ワイズリーが姿を見せており、私はそれを見つけていたのでした。米国ならではの医療保険事情の変化、医療費の逼迫(ひっぱく)、医療制度の変革などの動きから学ぶこともありました。なぜ米国医学会が自ら一見首を絞めるかのような動きを見せているのか。取材では、世界的な医学誌であるLancet誌においてムダな医療が大々的に論じられ、その撲滅に向けた対策が提案されていることも確認しました。そうしてチュージング・ワイズリーの背景にある謎を解いていきました。
日本は「ムダな医療」解消による伸びしろが大きい
医療費全体の規模を見ると、日本よりも米国の方が圧倒的に大きいものです。ですが高齢化の進行度合いは日本の方が深刻です。国際連合のデータによると、2010年の段階での65歳以上の全人口割合は、米国が13.0%に対して日本は22.5%と大差。なお、2020年の見通しでも、米国が16.6%に対し、日本は28.2%です。依然として大幅に日本の高齢化の問題は深刻になっています。
チュージング・ワイズリーには、すでに550項目ものムダと考えられる医療行為が列挙されています。示されるムダな医療は年齢が高い層に関わるものも多いです。日本の方が、ムダな医療を解消した場合の伸びしろは大きい可能性もあります。
前述の通り、国際的な潮流としては、医療の価値を高めていくことも求められています。一例を挙げると、米国では、医師が生み出した価値に基づいて、医師の給与をコントロールする仕組みが始まっているのです。ここでも日本が遅れを取るべきではないでしょう。