※本稿は、ダン・アリエリー(著)、ジェフ・クライスラー(著)、櫻井祐子(訳)『アリエリー教授の「行動経済学」入門 お金篇』(早川書房)の第4章を再編集したものです。
「お買い得品」を探すのはとてつもないスリル
スーザン・トンプキンは、だれかのスーザンおばさんだ。スーザンおばさんのような存在はだれにでもいる。彼女は根っから陽気な愛情深い女性で、買い物に行くたび甥っ子や姪っ子にプレゼントを買っている。スーザンおばさんのお気に入りは百貨店のJCペニーだ。子ども時代からの行きつけで、両親や祖父母に連れて行ってもらっては、めざとくお買い得品を見つけてあげたものだ。いつだってお値打ち品がたくさん見つかった。店内を駆け回り、パーセント記号の横の数字が一番大きいものを探し、秘密の格安品を鼻高々で見つけ出すのは楽しいゲームだった。
ここ数年、スーザンおばさんは兄の子どもたちを引き連れて、「おトク過ぎて逃せない」ダサいセーターやちぐはぐな服を選んでやっている。子どもたちは喜ばないが、おばさんは大喜びだ。JCペニーでお買い得品をゲットすることに、今もとてつもないスリルを感じている。
常連客は「公明正大な」価格をよろこばなかった
そんなある日、JCペニーの新任CEOロン・ジョンソンが特売を全廃し、「公明正大な」価格を全商品に導入した。セール品もバーゲン品もクーポンや割引もおしまいだ。
スーザンは急に悲しくなった。そのうち怒りがこみ上げてきた。そしてJCペニー詣でをすっかりやめ、友人と「ロン・ジョンソンなんか大嫌い」というオンライングループまで立ち上げた。
彼女だけではない。大勢の顧客がJCペニーから離れていった。同社にとってはつらい時期だった。スーザンにも、ロン・ジョンソンにとってもつらい時期だった。ダサいセーターにとってもつらい時期だった。自分で自分をお買い上げすることはできないのだから。唯一喜んでいたのは? スーザンの甥っ子たちだ。
一年後、スーザンおばさんはJCペニーに値引きが戻ったという噂を耳にした。おそるおそる用心しながら偵察に行った。パンツスーツのラックを調べ、マフラーを何本か吟味し、ペーパーウェイトの見本をチェックした。それから価格を見た。「20%オフ」「値下げしました」「セール品」。初日は2、3の品しか買わなかったが、それからはJCペニー好きだった昔の自分を取り戻した。前のようにしあわせだった。買い物の回数も、ダサいセーターの数も、親戚からのぎこちない「ありがとう」の数も増えたということだ。めでたしめでたし。