実際の価値と無関係に評価している

スーザンおばさんとJCペニーの物語には、相対性がおよぼす多くの影響のいくつかが見て取れる。相対性は、実際の価値とはほとんど無関係な方法で価値を評価することを私たちに強いる、もっとも強力な要因の一つだ。スーザンおばさんはJCペニーで相対価値をもとに商品の価値を見積もった。でも、なにと比べた相対価値だろう? 元の提示価格だ。JCペニーは値下げ分をパーセンテージで表したり、「セール」「スペシャル」などの言葉を添えたりすることによって、おばさんの注目をあっと驚く相対価格に集め、価格を比較しやすくした。

あなたならどっちを買う? 60ドルのワイシャツか、定価100ドルから「おつとめ品! 4割引! わずか60ドル!」に値引きされた、まったく同じシャツか?

どっちを買おうが関係ないはずだろう? 値札にどんな文字や記号が書かれていようが、60ドルのシャツは60ドルのシャツだ。たしかにそうだが、相対性が心の奥深くに作用するせいで、2枚のシャツは同等に見えない。スーザンおばさんのような常連客は、迷わずセール品のシャツを買うだろう。そして正価60ドルのシャツが店にあるだけで、憤慨するにちがいない。

この行動は論理的だろうか? ノー。相対性を理解すれば筋が通るだろうか? イエス。頻繁に起こるのか? イエス。CEOが失職したのは相対性のせいか? そのとおり。

私たちはモノやサービスの価値を、それ単体では計れないことが多い。家、サンドイッチ、医療、”アルバニアのミツユビブローク”のコストがいくらかなんて、なにもないところでどうしたらわかるだろう? 価値を正しく評価する方法を見つけるのは難しいから、別の方法を探すことになる。そこで役に立つのが相対性だ。

なにかの価値を直接評価するのが難しいとき、私たちはそれを競合製品や同じ製品の別バージョンなど、ちがうものと比較する。比較することによって、相対価値が生まれる。これがそんなにまずいことなのか?

問題は「相対性」の使い方にある

問題は、相対性の概念そのものではなく、私たちがそれを用いる方法にある。ほかのすべてのものと比較するのであれば、機会費用を考慮することになるから、すべてうまくいく。だが私たちはそうせずに、たった一つ(か二つ)のものとしか比較しない。だから相対性に欺かれるのだ。

60ドルは100ドルと比べれば相対的に安い。でも、機会費用を思い出してほしい。60ドルと比較すべき対象は0ドル、または60ドルで買えるすべてのものだ。でも私たちはそうせず、スーザンおばさんのように今の価格と割引前の定価(または定価とされる価格)とを比べ、相対価値によって価値を測ろうとする。だから相対性に惑わされるのだ。

JCペニーのセール価格は、顧客に重要な価値の手がかりを与えた。しかもそれはただの重要な手がかりではなく、唯一の手がかりという場合が多かった。セール価格や、JCペニーの喧伝する割引額は、それぞれの品がどんなにおトクかという背景情報を顧客に与えていた。

背景情報がなければ、顧客はいったいどうやってシャツの価値を見定められるだろう? 60ドルの価値があるかないかを、どう判断すればいいのか? それはできない相談だ。でも100ドルのシャツと比べれば、60ドルのシャツはとてもおトクに思えるだろう? だって、40ドルをただで手に入れるようなものじゃないか!

JCペニーはセールや「割引額」を排除することによって、顧客に「正しい判断をした」と自信をもたせる要素を取り除いてしまった。「通常」価格の隣に書かれたセール価格を見るだけで、顧客は賢い判断をしたような気分になれた。でもじつはそうではなかった。

ダン・アリエリー
デューク大学教授
1967年生まれ。過去に、マサチューセッツ工科大学のスローン経営大学院とメディアラボの教授職を兼務したほか、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン高等研究所などにも在籍。また、ユニークな実験によりイグ・ノーベル賞を受賞。著書に『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』『アリエリー教授の「行動経済学」入門』『「行動経済学」人生相談室』(すべてハヤカワ・ノンフィクション文庫)がある。
ジェフ・クライスラー
コメディアン、作家、コメンテーター
プリンストン大学卒。弁護士を経て、お金と政治を扱うコメディアン、作家、コメンテーターになる。著書に風刺エッセー『Get Rich Cheating』がある。
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