職業に貴賎なし。どの職業も社会を支えるのに必要なものだ。もちろん、報酬の多寡に違いがあるのは資本主義社会においてはしょうがないことだけどね。

ところがいくつかの職業においては、自分たちの仕事こそが社会正義や社会の利益を守るために必要不可欠なものであって、自分たちは特別な存在だ、と強く思ってしまうものがある。そのような職業に就いている者は、特に自らのプロフェッショナルとしての自負が強い。

典型例が、ジャーナリストであり、メディアであり、学者であり、弁護士など。いわゆる自称インテリの類。

このような職業に就いている者は、自分たちがやっていること、考えていることが絶対的に正しくて、それを正しいと評価しない世間の方がおかしい、という思考回路に陥りやすい。

(略)

ジャーナリストも弁護士も「特別な仕事」じゃない!

自分たちの仕事は素晴らしいだろ! もっと評価しろよ! と周囲に強要するのは最悪だけど、自分たちの存在こそが社会にとって必要不可欠で、プロフェッショナルな特別な存在だと信じ込んでいる連中は、そのようなことを何の憚りもなくやってしまい、そのおかしさに気付かない。

ジャーナリスト、メディア、学者、弁護士などの自称インテリたちは、この点をよくよく注意しなければならない。自分たちがやっていることが全て正しいと自分たちで評価することほど恥ずかしいものはない。「仕事を評価するのは自分ではなく周囲なんだ」ということを、特にプロフェッショナル意識の高い職業に就いている者は肝に銘じなければならない。

こんなことを、テレビ朝日系の「羽鳥慎一モーニングショー」に僕が出演して、コメンテーターの玉川徹さんと議論した。そしたら玉川さんは「ジャーナリストを英雄視しているわけではない。もし英雄視したと受け取られて、そのことで安田さんバッシングの火に油を注いだことになるなら心苦しい」と発言した。玉川さんが過ちは過ちと素直に認めたことは、その一時期は色々と批判を受けるだろうけど、危機管理対応としては良かったと思う。これで玉川さんに対する批判も尾を引かないと思う。

だから、それぞれの職業を評価するには、最初から特定の職業だけを特別視するのではなく、その仕事の中身をきちんと評価するという当たり前のことをやればいいだけ。繰り返しになるけど、初めからある職業を特別視したら、その職業の者はもう何をやっても許される存在となってしまい非常に危険だ。

初めから特別視するのでもなく、初めからバッシングするのでもなく、淡々と仕事の中身を評価する。これが冷静で合理的な姿勢だと思う。

そしたら漫画家の小林よしのりが、ジャーナリズムは成果主義ではない、商業主義ではない、といちゃもんを付けてきた。この小林は、論理一貫性がなく、その場その場で世間とは反対のポジションを取ることで自分の存在を示そうとする輩なので、放っておけばいい。