革新を起こす「バリューチェーン統合」

現在の岩田さんは、この「知の探索」と「ソーシャルキャピタル」を土台に、三星毛糸を、地方の下請け生地メーカーから名高いブランドに変えるべく、様々なチャレンジをしています。岩田さんの話を伺っていると、その大きな戦略は毛織物業界の「バリューチェーンの統合」にあると私は理解しました(図参照)。これが第三のポイントです。

米国の経営学者マイケル・E・ポーターが提唱した理論。三星毛糸は「テキスタイル」が本業だが羊毛・アパレルまで事業を拡大している

実は、この繊維・アパレル業界というのは、バリューチェーン上の分断が著しいのです。普段私たちがアパレル業界と接するのは、服を販売する「ブランド」だけです。しかし実際にはその前段階として洋服を縫製する洋服メーカーがあり、さらにそれらの会社が買い求める生地をつくる織物・加工会社があり、さらには糸をつくる紡績会社があります。一般の消費者は、お店で購入する服以外は接点がありません。

それに対して三星毛糸はいま、消費者と直に繋がり始めています。三星毛糸は服を売る会社ではありません。しかし、生地そのものを消費者に直接届けるという戦略を、岩田さんは選んだのです。まさにバリューチェーンの統合です。

百貨店で大人気、“生地屋”のストール

この施策として、例えばクラウドファンディングを利用して東京・代官山に直営店をオープンしました。そこではたくさんの生地が売られています。訪れた客は、生地を直に触ってから買います。その生地を三星毛糸から紹介してもらうテーラーなどに持って行き、スーツを仕立ててもらうのです。

さらには12年、パリで行われる世界最高峰の生地見本市「プルミエール・ヴィジョン」に出展します。そこで三星毛糸のブースを訪れたブランドの一社が、世界中のVIPが愛用する最高峰のオーダースーツブランドとして知られるエルメネジルド・ゼニアでした。この出合いをきっかけに、ゼニア社は「MADE IN JAPAN」コレクションを始動し、三星の生地を採用したのです。

さらに三星は15年、自社の生地から商品化した自社ブランド「MITSUBOSHI 1887」をリリースします。

最高級ウールと起毛シルクなどを使ったストールを商品化し、直営店、新宿伊勢丹などの百貨店で販売しています。ストールは3万円以上するラインもありますが、ファッション誌にも取り上げられるなどヒット商品となっています。