3.人生において最も大切なものを知る
樹木さんはあるとき「もう治療はやめにする」と宣言されました。「ひとつひとつの欲を手放して、身じまいをしていきたいと思うのです」とも語っていました。詳細な病状はわかりません。治療の選択肢はまだ残っていたのかもしれませんし、無理な治療はしないほうがよい病状だったのかもしれません。
老いてくると、または病が進行してくると、人生の残り時間は限られてきます。昔はいろいろなことを両立できていたとしても、死期が迫ってくると体力的にそれは難しくなります。
たとえば、本来がん治療は働きながら受けられるものですが、体調が悪くなってくると両立は厳しくなってきます。そのようなとき、どちらか片方を優先し、もう片方をやや犠牲にする判断に迫られます。仕事よりも治療が優先という判断で休職される方も少なからずいます。
「仕事を優先し、治療をセーブする」という判断もある
一方で、自分のやり遺した仕事を完成させることを優先し、治療をセーブする判断をされた方もいます。この選択肢は、治療と仕事だけに限りません。たとえば、趣味の時間や家族や愛する人と過ごす時間なども選択肢となるでしょう。
私が考える「いい死に方」をされてきた患者さんは、いずれもこの選択をしっかりとされてきた方ばかりです。限られた時間と体力の中で、自分の人生で最も大切なことを明確に判断され、その人らしい人生の締めくくりの時間を過ごされました。樹木さんも、おそらくは治療に明け暮れるよりも、女優としての仕事をできる限りやり遂げる道を選ばれたのではないでしょうか。
ここでもう1つ大切なのが、この価値観を理解して支えてくれる医療者との関わりです。1人の患者さんを紹介します。