出稼ぎ国で、失踪率が高い理由
ただし、ベトナム人労働者には課題もある。そのひとつは失踪者の多さだ。17年には3751人のベトナム人技能実習生が日本国内で失踪した。その失踪率(在留者数に対する割合)は約3.6%で、全体の平均約2.8%を上回る。ベトナム人労働者の失踪率の高さは、韓国や台湾でも問題になっている。
失踪の理由は、職場環境や人間関係など、個別の諸事情もあるだろう。しかしより根本的には、送り出し国・ベトナムにおける派遣費用の問題が大きな要因であるとみられる。
ベトナム人が日本に技能実習生としてやって来る場合、彼らと日本企業をつなぐのは、現地の送り出し機関(仲介会社)だ。送り出し機関は、技能実習生候補を集めて予備的な選考を行い、日本企業との面接を設定したり、日本語の研修や、ビザ・航空券の手配などを行う。これら諸々のサービスに対し、労働者は高額の渡航前費用を支払っている。ほとんどの場合、これらの費用は借金で賄われ、100万円にも上る借金をする者もいる。
だが、晴れて日本にやって来て働き始めても、給料から住居費などが差し引かれ、期待したほど残業収入が得られなかったりすると、生活費をどんなに切り詰めたところで借金返済の目処が立たないということも起きる。技能実習生は受け入れ先企業を変更できないため、条件が合わないなどの不満があっても、転職してほかの企業を探すというわけにはいかない。よって雇用関係を結んだ企業のもとから失踪して、より高い収入が見込める仕事を探す者や、期間満了前に失踪し、不法滞在して働こうとする者が後を絶たない。また、賃金不払いや暴力など、日本企業側の不正行為も多く報告されていて、これも失踪の一因とされている。
技能実習生にしても留学生にしても、ベトナム人が中国人に取って代わりつつあるような状況だが、ベトナムの人口は9370万人。人口14億人近い中国に比べると、ベトナム国内における日本での労働経験者の割合は格段に大きくなる。彼らの日本での体験や日本に対する思いがベトナム社会へ与えるインパクトは大きく、国際関係にも影響を与えるだろう。
彼らに日本でよい経験をして帰ってもらうためには、日本側の努力が欠かせない。日本政府は、技能実習生の労働環境の監督を行うとともに、ベトナム政府に対しても送り出しプロセスの状況改善を求めるべきであるし、日本の受け入れ企業は優良な送り出し機関を選ぶべきである。
日本貿易振興機構アジア経済研究所 研究員
1991年、東京大学卒業。96年、ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで比較政治学修士取得。国連開発計画ハノイ事務所などを経て、2001年よりアジア経済研究所勤務。専門はベトナム地域研究(政治・行政)。