【佐藤】安倍首相がマルクス経済学も近代経済学も学んでこなかった強みですよね。マルクス経済学では賃金論は生産論に属し、分配論ではありません。ところが彼は分配論だと思っている。分配は資本家間、もしくは資本家と地方の間で行われる。賃金は労働力を再生産するために必要な物やサービスを購入する対価によって構成されるので、労働者と資本家の交渉で決められるというのが資本主義の基本だったはずです。しかし国家の介入により、労働者の賃金を変えられると信じている。これはファシズムの賃金論です。

首相自らメーデーに参加したり、企業の内部留保をはき出すように要請したりする。これはイタリアファシズムを主導したムッソリーニを想起するやり方です。

昔マルクス経済学者の宇野弘蔵は、ファシズムの特徴は無理論だと語っていました。つまり理論がないから、理論に拘束されない。

矛盾を気にせず放置する「無の政治」

【片山】安倍政権を保守、右と解釈するから実態が見えてこないんでしょうね。安倍政権には理論も筋もない。やはりここに尽きるでしょう。だって、日本会議の支援を受けて、公明党と連立を組むなんてありえません。どう考えても筋が通らない。国民も理解できていないはずです。それでもある種のリアリズムによって、その構図が成立している。

日本会議の納得すること、公明党の納得することの両方を適度に実行する。矛盾は矛盾として赤裸々になっても気にしないで放置するので、そんなものかと思ってしまっているうちに、また違うことを言い出すので、びっくりして、前の矛盾を忘れてしまう。これは「無の政治」かもしれない。やはりすごい政権ともいえます。

佐藤 優(さとう・まさる)
作家
1960年、東京都生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了の後、外務省入省。在英日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館などを経て、外務本省国際情報局分析第一課に勤務。2002年5月、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕。2005年2月執行猶予付き有罪判決を受けた。主な著書に『国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて』(毎日出版文化賞特別賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅賞)などがある。
片山 杜秀(かたやま・もりひで)
慶應義塾大学法学部教授
1963年、宮城県生まれ。思想史研究者。慶應義塾大学法学部教授。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。専攻は近代政治思想史、政治文化論。音楽評論家としても定評がある。著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(この2冊で吉田秀和賞、サントリー学芸賞)、『未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命』などがある。
(写真=時事通信フォト)
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