バリュー・ベイカンシーを見定めよ

デジタル時代のビジネスは「デジタル・ディスラプション」と呼ばれる創造的破壊の影響を受ける。その影響が及ぶのはハイテク産業だけではない。伝統的な小売業においても、そのあり方は揺らぎはじめているのだ。

インターネットの利用が広がるなかで、顧客のショッピング行動は変化し、リアルの小売店舗に求められる価値や魅力もまた、そのなかでシフトしている。デジタル・ディスラプションは、リアル空間に何を引き起こしているのか。そのひとつが「バリュー・ベイカンシー」の出現だ。

バリュー・ベイカンシーとは、「市場における価値の空白地帯」という意味の言葉だ(M. ウェイド、J. ルークス、J. マコーレー、A. ノロニャ『対デジタル・ディスラプター戦略』日本経済新聞出版社、2017年)。現代の消費者は、ネットショップの利用を増やすなかで、そこでは満たされない体験をリアルのショッピングに求めるようになっている。このデジタル・ディスラプションのなかでのリアル店舗の新たな価値を、既存の小売企業が十分に提供できていないのであれば、そこにはバリュー・ベイカンシーが生まれていることになる。たとえば、ネットショップは効率的な購買の場であり、利便性に優れるが、五感を刺激する空間の魅力には乏しく、新たな発見の楽しみは少なくなる。このネットショップの空白分を逆に強調する店づくりを行ってきたのが蔦屋書店なのである。

デジタル・ディスラプションが既存小売企業にもたらすのは脅威や危機だけではない。その進行とともに、多くの人が店舗を訪れる動機は、ブランドの世界観の体感や、リアル空間としての居心地のよさなど、サイバー空間では手に入れにくい体験型の価値にシフトしていく。これは既存あるいは新興の小売企業にとっての新たなチャンスだといえる。

問題は、このシフトに既存小売企業がどうこたえるかである。蔦屋書店の躍進に、そのひとつのあり方を見ることができる。

栗木契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授 1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
【関連記事】
"ただ不便"な超大型書店はもう無理なのか
累計120万部「ざんねん」な事典の企画書
"10分で寝る絵本"が日本で一番売れた理由
「世界一美しい眼科」でモノが売れる理由
アマゾンジャパン社長の"日本市場攻略法"