大型書店同士の競争と立地の不安

一方、梅田出店には懸念材料もあった。JR大阪駅周辺は大型書店の激戦区。駅から500mほどの範囲では複数の大型書店が出店と撤退を繰り返しており、梅田店の開店直前には4つの大型書店がしのぎをけずっていた。

この書店戦争に割って入って、本当に勝機はあるのか。開店前の梅田店に必ずしも明確な見通しがあったわけではない。

また梅田店が出店したのは、百貨店のJR大阪三越伊勢丹の売場の後だった。同店は販売不振により、開業から4年で三越伊勢丹の看板を下ろし、専門店ビルの「ルクア イーレ」として再出発することになっていた。梅田店が出店したのは、このビルの9階だった。

駅に直結しているとはいえ、三越伊勢丹が集客に苦戦したビルの9階に、本当に多くの人が足を運んでくれるのか。この問題についても、開店前の梅田店に確実な答えが用意されていたわけではない。

わざわざ出かけたくなる魅力の構築

不安をかかえての開店から3年が経過した。

現在の梅田店は、その経営に一定の手応えを感じている。日々の来店客数は、以前の三越伊勢丹の売場のおよそ10倍にのぼり、書籍の販売も年々伸びているという。

この3年間、全国的に書店の廃業が相次いでいる。その逆風のなかにあって、梅田店をはじめとして蔦屋書店が好調なのは、なぜなのか。

蔦屋書店は、インターネット時代であるからこそ、インターネットではできないことの提供に徹してきた。

たとえば、購買の利便性は、小売店舗が提供する価値のひとつである。「コンビニエンス・ストア」は、その名が示すように、利便性の追求から生まれた小売業態である。この利便性が重要であることは、書店経営においても変わらない。

「通勤や通学のついでに立ち寄ることができる」
「あそこに行けば、欲しかった本がすぐに手に入る」

大手書店の多くは、こうした利便性の向上に力を注いできた。しかし現在の競争環境のもとでは、利便性の追求に頼った書店経営は危うい。成長を遂げたアマゾンをはじめとするネットショップは、在庫量や検索エンジンに優れ、24時間どこからでも発注できる。利便性という点では、この20年ほどのあいだにリアル書店の優位性は確実に低下してきている。

そのなかにあって蔦屋書店は、利便性ではなく、わざわざ出かけたくなる魅力の構築につとめてきた。ではなぜ、蔦屋書店に多くの人が繰り返し足を運ぶのか。蔦屋書店は工夫を重ね、魅力づくりにつとめてきた。

第1に蔦屋書店では、書籍の販売に加えて、カフェなどの飲食サービス、さらには各種の物販やサービスの提供などを組み合わせた体験型のプラットフォームの形成にとつとめてきた。コーヒーを飲みながら、あれこれ料理の本を品定めしていると、かわいいテーブルウェアが販売されているのが目に入る。こうした五感を刺激し、ストレッチする提案力を、蔦屋書店では各種のデータと観察、そしてロジックと感性を駆使した試行錯誤を通じて磨きあげてきた。

第2に蔦屋書店は、書店という空間がもつ魅力を、インテリアや照明などによる空間デザインを通じて追求してきた。こうしたサイバー空間では実現が難しい魅力があることも、蔦屋書店に多くの人を引きよせる。

第3に蔦屋書店に行けば、想定していなかった本との出会いがある。蔦屋書店では、探していた本が見つけやすいことよりも、意外な本との出会いをうながすことを優先した陳列を行ってきた。たとえばそれは、ビジネス書のなかに関連した人文書も置くといったジャンル横断的な陳列である。独自のカテゴリーのもとに本を並べる棚割も行っている。そのために、興味をもった本棚をながめていると新しい発見がある。さらに本探しの相談にのるコンシェルジュには、各領域のエキスパートが採用されており、知の小旅行となる彼らとの会話も楽しい。