そして、その表現の一つとして、「神の見えざる手に導かれて」という言葉を使っているのだ。この「神の見えざる手」の主眼は、あくまで政府が行ってきた「独占」と「輸入規制」をやめさせるための論法の1つだったのだ。

「人は自由に自己利益を追求するとき、慎重にビジネス的に有利な分野を選ぶ。その結果、国にとってもっともビジネス的に有利な分野が発展することになる」
「政府がビジネスに関与すると特定の業者が潤うだけで、国全体の経済のバランスが悪くなる。国民に自由にビジネスをさせたほうが、よほど国のためになる」

ということが、神の見えざる手の本旨であり、それ以上の拡大解釈はできないのである。

思想書としての国富論

またアダム・スミスが「神の見えざる手に任せよ」と述べたのは、時代背景も大きく影響しているのだ。

当時は、フランス革命が起こる以前の時代で、ヨーロッパ諸国の多くはまだ「王政」だった。ヨーロッパはまだ絶対王政の時代を引きずっていたし、世界中のほとんどの地域では、封建制度の不自由で人権のない社会だった。民主主義の制度や、共和制をとるような国は、ほとんど存在しなかった。

イギリスは、いち早く国王の権限を制限し、議会による政治が行われていた。だが、それもまだ不安定なものであり、またイギリスが絶対王政国家などに戦争で負ければ、自由が奪われる可能性もあったのだ。

そのため国富論では全編を通じて、自由や人権の大切さが訴えられている。そういった面では国富論は思想書でもあるのだ。

大村大次郎(おおむら・おおじろう)
元国税調査官。国税局に10年間、主に法人税担当調査官として勤務。退職後、ビジネス関連を中心としたフリーライターとなる。単行本執筆、雑誌寄稿、ラジオ出演、『マルサ!!』(フジテレビ)や『ナサケの女』(テレビ朝日)の監修等で活躍している。ベストセラーとなった『あらゆる領収書は経費で落とせる』をはじめ、税金・会計関連の著書多数。一方、学生のころよりお金や経済の歴史を研究し、別のペンネームでこれまでに30冊を超える著作を発表している。「大村大次郎」の名前での歴史関連書は『お金の流れでわかる世界の歴史』を皮切りに、以後、『お金の流れで読む日本の歴史』(すべてKADOKAWA)など多数を刊行している。
(写真=iStock.com)
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