経産省の地下の書店に本書を置いてもらえないんです、と苦笑する著者・境真良氏は、経済産業省の商務情報政策局に勤める現役キャリア官僚である。
境氏は中高生時代以来のアイドルおたく。今もピンクのハッピを着て、妻子とともにももいろクローバーZのライブを楽しむ筋金入りである。
「今、中産階級がテーマだと思っていて」という氏が手掛けた本書を一読すれば、アイドルという存在と、日本の中産階級との不可分の関係が容易に理解できよう。
1980年代の聖子・明菜時代からAKB48・ももクロにまで至る変遷を、メディア論やエンタメ産業論、大衆心理を通じて語る個所はいちいち腑に落ちる。ももクロとAKBが、ファンを甘い幻想で包むのではなく「日々が戦いであることを突きつける存在」だといった指摘は、門外漢には驚天動地だ。
戦後から現在までの社会の階層を、市場主義・競争原理を礼賛する“マッチョ”とそれについていけぬ“ヘタレ”の2語で分類する視点は応用範囲が広そう。装丁こそアイドル本だが、意外に骨っぽい日本社会・経済論となっている。
グローバル資本主義のあおりで消滅しつつあるともいわれる日本の中産階級だが、境氏の見立ては違う。
「資本主義の仕組みは、中産階級を維持する方向にいかないことにはそのメカニズムが行き詰まってしまうことにどこかで気付いて、いい生態系をつくるのではないかと思っています。逆に言うと、娯楽の市場とか最終消費の市場は、実は分厚いぞ、というのが本書の意義だと思っていて」
戦後日本の歴史的幸運の中で育ったヘタレ状態を脱し、マッチョに戻ったものの、過度のマッチョには走らず、ヘタレ要素はしっかりキープすることに「成功した」と境氏は言う。
「本書は、アベノミクス批判本とはちょっと違う。礼賛する気はありませんが、小泉改革よりもよっぽどよく中産階級を見ています。やはり時代の機軸が(小泉時代と)大きく変わった。そしてむしろ変わったほうが、市場主義がうまく機能するということが一つのメッセージかな、と」
マッチョを認めつつもヘタレ要素をキープし続けようとする日本社会とその中核である中産階級を、アイドルは「つらいけど、私も頑張るから」と鼓舞し続けるのだ。