心理学、哲学と行動経済学を融合
タイトルと表紙のサングラスをかけた人物を見て、「道徳のスミス先生って誰だ?」と突っ込みが入りそうだが、誰あろう近代経済学の父と言われるアダム・スミスのことである。その名前は、おそらく誰でも知っているだろう。しかし、彼が道徳に関する著書を遺したことは、さほど知られていないのではないだろうか。
アダム・スミスが経済学の古典的名著とされる『国富論』を書いたのが1776年。本書が取り上げた『道徳感情論』は、これに先立つ59年に発行され、亡くなった90年までに第6版まで版を重ねた。あまりに有名な『国富論』の陰に隠れているが、はるかに手塩にかけられた名著なのである。
『道徳感情論』は、人間に対する洞察を通して、人はどう生きるべきか、どう行動すべきかをテーマとした、心理学と哲学、行動経済学を融合した内容といえる。
著者は米スタンフォード大学で経済学を研究する人物。大学で教鞭をとり、自ら主宰するポッドキャストで、ミルトン・フリードマン、ジョセフ・スティグリッツなどもゲストに迎え、週1回1時間のインタビューを行っている。
著者は経済学のエッセンスを一般の人々に伝える活動に情熱を注いでいるが、30年前に購入したという『道徳感情論』を初めて通読したのは、ポッドキャストのゲストがインタビューのテーマとして指定したため。この経験を境に、人間、特に自分を見る目が変わったという。こうして生まれた本書は、アダム・スミスの著作を現代的視点を交えながら読み解いていく構成となっている。
『国富論』では人間が各自の利益を追求することが、社会の富を増大させると説く。しばしば誤解されるが、自己の利益を追求することは他人を顧みず、自分勝手に行動するという意味ではない、とアダム・スミスは釘を刺す。