日系メーカーが気にする倫理的課題

実証実験の車輌提供パートナーの1つであるヌートノミーが、すでにシンガポールでの走行実験をスタートさせていることは先に触れた。それによると、シンガポールでの実証実験はボストンでのそれに比べてハードルが低いことも明らかになっている。

まず、シンガポールでは雪が降らない。道路も比較的広くて、新しい。市街地においては車の交通量が規制によってコントロールされているため、ひどい交通渋滞もない。環境としては、ボストンよりもコントロールされている。

自動運転車が普及していくシナリオにおいては、実は、この「ある程度コントロールされた環境か否か」がひとつのポイントになっていくだろう。自動運転車はシンガポールのように比較的コントロールされた状況下から導入が進んでいくと考えるのが、現実的である。具体的には道路が整備されていて、交通量が一定程度把握でき、気候の変動も激しくない場所。かつ走る範囲に関しても、一定程度制限できることが望ましい。

技術的な問題に絡んで、日系自動車メーカーが重要視しているのは倫理的判断にかかわる部分だ。たとえばこのまま進むとAさんをひいてしまうかもしれないが、それを避けようとすると、運転者もしくはBさんの命が危ないというケース。この場合、いったい誰の命を優先すべきなのだろう? 簡単には答えを出せない問題だ。

このような倫理的判断を果たしてAI(人工知能)ができるのか。仮に判断できたとしても、事故が起こった場合、それはAIの判断によるものなのか、それとも何らかの誤動作が生じてそうなったのかの判別は難しくなるかもしれない。このことは事故の賠償責任が誰にあるのか――完成車メーカーか、ソフトウエアメーカーか、乗っていた人か、車の所有者か――という問題にも関係してくるため、簡単には解決できない問題だと考えられている。

実はわれわれが行っているボストンの実証実験でも、無人の自動運転車を走らせることはまだ認められていない。必ずドライバーが付き、乗客を乗せてはならないなど一定の制限が設けられている。アメリカで最も早く自動運転車に関する法律を制定したネバダ州にしても、無条件で走行実験を認めているわけではない。NCSLによると2017年6月、自動運転機能のミスによるリスクが最小限にコントロールできると認められる場合には、人間のオペレーターなしで高速道路上での実証実験・運行を認めるなどの法律を制定したばかりだ。

それでも、実証実験をやめる手はない。課題はあるにせよ、全体として自動運転化の方向へ進むことは間違いないからだ。次回は自動運転車普及に向けたいくつかのシナリオを紹介しながら、自動車産業に与えるインパクトを考えてみよう。

古宮 聡(こみや・さとし)
ボストン コンサルティング グループ(BCG) シニア・パートナー&マネージング・ディレクター。BCG産業財・自動車グループ アジア・パシフィック地区リーダー、BCG自動車セクター アジア・パシフィック地区リーダー兼日本リーダー。自動車メーカー、自動車部品メーカーなどを含む産業財企業に対して、事業戦略、グローバル戦略の策定・実行支援、デジタル・トランスフォーメーション、オペレーション改革、コスト削減、収益力強化、営業改革などのプロジェクトを手掛けている。【BCG自動車セクターサイト】https://www.bcg.com/ja-jp/industries/automotive/default.aspx
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