よく知られているように、本作の原案はディズニーランドのアトラクション「カリブの海賊」です。そこにストーリーらしいストーリーは存在しませんが、むしろ特定のストーリーを押し付けないからこそ、リピーターが絶えません。もし小説のようなストーリーを聞かされるアトラクションだったら、1度で飽きてしまうでしょう。ストーリーがないからこそ、永遠に浸っていられるのです。

いわば「映画版・カリブの海賊」たる「パイレーツ」シリーズには便宜上ストーリーが存在しますが、観客の多くは今までのストーリーをちゃんと覚えていませんし、だからといって気にも留めません。一番の目的は「ストーリーを追うこと」ではなく、「あの楽しい世界に浸ること」なのですから。そういう人たちに支えられて、本作は1位になりました。

ジブリの縮小再生産にとどまった『メアリ』

このように「世界観を求める客」を当て込んだ作品は、同じ週末(7月8日~9日)ランキングの第2位にも登場していました。7月8日公開のアニメ作品『メアリと魔女の花』です。

同作は、スタジオジブリを退社してスタジオポノックを立ち上げた西村義明プロデューサーが、同じくジブリを退社した米林宏昌監督(ジブリで『借りぐらしのアリエッティ』『思い出のマーニー』を監督)と共につくった、同スタジオの第1回作品。……ですが、一般客から見ればどこからどう見ても完全に「ジブリの絵」です。スタッフの8割はジブリ作品経験者であり、過去のジブリ作品を想起させるさまざまなビジュアルイメージが作中に盛り込まれていることからも、「ジブリっぽい世界観を求める客」を製作側が当て込んだのは、一目瞭然。キャッチコピーの「魔女、ふたたび。」でジブリの名作『魔女の宅急便』(1989年)を想起させたのも、意図的でしょう。

映画は公開直前に宣伝を大量投下するため、一般的には公開1週目の週末にもっとも集客しますが、公開1週目の『メアリ』は、公開2週目の『~最後の海賊』に及びませんでした。とはいえ、『メアリ』は『~最後の海賊』に比べて公開館数がずっと少ないので、「公開1週目なのに、1位を取れなかった」と責められるのは、ちょっとかわいそうです。

しかし、「パイレーツ」シリーズ全作とジブリの全劇場用作品を鑑賞した筆者が、あえて暴言承知で申し上げるなら、『~最後の海賊』が既に確立された「パイレーツ世界観」にさらなる広がりとふくらみをもたせる役割を果たしたのとは対照的に、『メアリ』は「ジブリ世界観」のブランドを拝借してリサイクルしただけの縮小再生産にとどまっていた、と言わざるをえません。それは公開前の宣伝や予告編にもはっきりと現れていました。

『~最後の海賊』と『メアリ』のどちらが(映画評論家や映画ファンが言うところの)「作品」としてすぐれているかを論じることは、本稿においては意味をなしません。ただ、どちらのほうが「確立された世界観」という原資を使い、ビジネスとしてうまく「データベース消費」を促し、リターンを最大化したか、という話をするなら……その結果が動員数の着順に象徴されているようにも思えるのですが、いかがでしょうか。

稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012-2015』(押井守・著、サイゾー)など。
【関連記事】
『シン・ゴジラ』『君の名は。』……ヒット商品はどのように生まれるか?
PR担当者がダチョウ倶楽部を寵愛する理由
宮崎駿作品に子どもたちが夢中になる理由
『ラ・ラ・ランド』のように、もっと日本映画が世界でヒットするには
CDが売れないのになぜ「紅白」は話題なのか