以前、宮崎駿さんにお目にかかる機会があったときに伺った話で、ずっと忘れられないことがある。

スタジオジブリに宮崎さんの知り合いのお子さんが遊びに来たのだという。帰りに、宮崎さんが自分の車でその子どもを近くの駅まで送っていってあげた。

そのとき、宮崎さんの車は屋根が開けられるので、オープンカーにしたらこの子が喜ぶだろうなと思ったのだという。子どもにとっては風に吹かれて車に乗る体験は最高だろう。

ところが、たまたま小雨が降り始めた。屋根を開けようと思えばできないわけではないが、どうしようと宮崎さんは迷われた。結局、「今度また遊びに来たときに開けてあげればいい」と屋根を開けずに走ったのだそうだ。

おもしろいかどうか、子どもたちは敏感に反応。(写真=AFLO)

そのときのことを宮崎さんは考え続けているという。子どもは日々成長する。子どもにとって、その日そのときの気持ちは二度と戻ってこない。だから、雨がぽつりぽつりとかかるくらいだったら、屋根を開けてあげればよかったと、ずっと後悔しているのだと宮崎さんはおっしゃった。

宮崎さんの話を聞いて、私はとても感銘を受けた。子どもは確かにそれくらい真剣に毎日を生きている。そして、そんな子どもたちのことを考えているからこそ、宮崎さんはあれだけ素敵な作品をつくることができたのだ。

「子ども」向けというと、それほどクオリティが高くなくてもよいと勘違いしている人もいるようだ。「子どもだまし」という言葉が、そんな考え方を象徴している。しかし、本当は子どもは一番敏感で正直である。大人と違って、この作品はちょっとつまらないけどためになるから見よう、というようなこともない。退屈ならば見ないだけである。

『となりのトトロ』や、『天空の城ラピュタ』といった宮崎さんの作品を子どもたちが夢中になって見るのは、丁寧で、良質な表現がそこにあるからである。「あのとき屋根を開けてあげればよかった」とずっと後悔している宮崎さんの姿勢に、その秘密が垣間見られるような気がする。