ベルギー時代には、同国の代表的な大学と、共同研究も進めた。希望していた海外勤務を後押ししてくれた高砂の研究所長が、ベルギー工場の幹部の大半が同大学出身と知り、促した。テーマは、ビニール管などで起こる塩ビ樹脂が割れる際の構造分析。途中で引き継いだ後輩が、社内で「そんなの分かり切っているから、やめろ」と言われたと嘆いたが、続けさせる。すると、それまで社内で信じられていた説とは違う事実がわかり、新たな工法も生まれた。

その後輩が、ヒューストンに赴任し、地元の大学とエポキシ樹脂向けの改質剤を共同研究した。日本では自動車メーカーなどが鉄板をつなぐとき、ほとんどは溶接だが、欧米では接着が多い。溶接は点と点でつなぐが、接着は面と面でくっつくので、ねじりや曲げへの耐性などが高い。ただ、耐熱性に優れたエポキシ樹脂も、樹脂自体が硬く、接着剤の層が割れることがあるのが、難点だった。

共同研究が生んだ改質剤は、エポキシ樹脂ときれいに混ざり、はるかに割れにくくなった。数年後、高砂に工場をつくり、米国への出荷を始めた。この改質剤が入った樹脂は、航空機などに使われる炭素繊維の複合材にも利用されている。炭素繊維と樹脂を幾層も貼り合わせ、耐熱性を損なわないまま、高い強靭性や耐久性、さらには軽量化も実現した。最近は、風力発電でも、数十メートルに及ぶ羽根を貼り合わせる際に活躍中だ。大きな事業になるのは確実で、2つ目の工場を海外につくることが、視野にある。

このときの米企業巡りでは、西海岸に多い飛行機産業も訪ねた。当然、商売っ気は脇に置き、信頼関係の構築から始めた。最近の若い人にも言っているが、何か商品を開発し、その評価データがよければ売れると思っているけど、そうではない。米国でも独英でも、決め手は日本と同じで、「この人が言うのなら、もう一度だけ、テストをしてあげよう」と思ってもらえる人間関係だ。

だから、社長になるまで、暮れに1週間、「クリスマスツアー」と称して米国へいき、主なお客を回ってパーティーを重ねた。購買部門や工場、研究開発などいろいろ人を招いた。

「爲者敗之、執者失之」( 爲す者は之を敗り、執る者は之を失う)──何か下心を持って動けば失敗を招き、何か意図を持って手に入れようとすれば、反対に取られてしまう、といった意味だ。中国の古典『老子』にある言葉で、何事も、企みを持って動くことを戒めている。ただ売らんかなで相手に近づくのではなく、心と心を開き合い、互いに信頼し合えるようになることを第一に行動する角倉流は、この教えと重なる。