広島県府中市は、婚礼家具で有名な家具の一大産地として栄えた町です。家具業界では「府中家具」と呼ばれ、今も多くの家具メーカーが競い合っています。しかし、婚礼家具をわざわざ揃えない風潮や、長く続いた不景気の影響、さらには低価格家具メーカーの台頭で、「作れば売れた」かつてのような状況ではなくなっています。
そんな中、富裕層にターゲットを絞り、生き残りを賭ける企業が松岡家具製造です。慶応2年(1866年)創業という老舗ながら、高級家具ブランド「MATSUOKA」を立ち上げ、世界中のセレブリティを顧客に持っています。松岡家具製造の強みは何か、そしてなぜ海外に飛躍できたのか。地域活性化論、中小企業論、人材育成論などを専門とする中沢孝夫福山大学経済学部教授が解説します。
地方の一企業が、海外セレブに認められる
「中小企業が大変だ」という話をよく聞きますが、それは個別にダメな中小企業が山ほどあるだけであり、それを中小企業の代表として語ってはならないと考えています。今、シャープが苦戦しているからといって電機産業全体がダメということではないでしょう。それぞれの企業がどれだけ「物語を持っているか」が重要です。オンリーワンの物語を持つ企業は、規模に関わらず強いのです。
その意味で、松岡家具製造は今、富裕層を相手に「MATSUOKA」ブランドをひっさげて、強固な物語を作ろうとしており、実際、結果を出しています。世界のセレブリティにその価値が認められ始めている。現在進行形で勢いがあります。伝統に裏打ちされた高い品質は言わずもがなですが、そのほかに快進撃の理由は、3つあります。
ポイントその1:余力があるうちに「ブランド」になる
1つめの理由は、海外メーカーに負けないブランドづくりを目指した点にあります。松岡家具製造は、府中家具の中でも江戸時代末期に家具製造を始めた老舗の一つで、現在の守次拓社長はもともとテニスのコーチ修行のためチェコに留学し、帰国後ミズノの関連会社でコーチをしていたという、家具業界では異色の経歴の持ち主です。そこでテニスを教えていた松岡家具製造の娘と結婚し、阪神淡路大震災翌年の1996年に入社。当時すでに婚礼家具の売り上げは激減していました。
このままではいけないと会社の方向性を考えていたときに、取引先の大手家具店で守次社長はショックを受けたといいます。というのも、松岡家具製造のダイニングテーブルを気に入っていた顧客が、隣にあった商品がイタリア製高級ブランドと聞いたとたん、そちらを選んだからです。
「品質は負けていないし、弊社の製品のほうが安いのに、選んでいただけなかった。そのとき、“ブランド”にならなければいけない、と腹に落ちました。現在、MATSUOKAブランドはセレブリティ向け海外市場で戦っていますが、それは日本市場に見切りをつけたからではありません。日本のお客様に選んでいただくためには、一流ブランドとして世界で認められることが必要だと思ったのです。将来的には、MATSUOKAは日本でも選ばれるブランドになります」
守次社長はそう語ります。ただし当時も今も、確かな品質で業界内でも評価が高い同社のOEM事業はまだ堅調で、一刻を争う状況ではありません。それでも守次社長は「ファンがつく一流ブランド」を目指しました。余力があるうちに、未来を見据えて次の一手に着手したのです。
こうした思い切った決断は、守次社長がプロパーの家具業界の人間ではなく、スポーツ業界出身という、ある意味で「外様」だったからこそ、できたのかもしれません。もちろん今では、家具業界を知り尽くしている守次社長ですが、業界外からの客観的視点や感覚を持ち合わせていたことが利点となった側面があるように思います。
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