広島県府中市は、婚礼家具で有名な家具の一大産地として栄えた町です。家具業界では「府中家具」と呼ばれ、今も多くの家具メーカーが競い合っています。しかし、婚礼家具をわざわざ揃えない風潮や、長く続いた不景気の影響、さらには低価格家具メーカーの台頭で、「作れば売れた」かつてのような状況ではなくなっています。

そんな中、富裕層にターゲットを絞り、生き残りを賭ける企業が松岡家具製造です。慶応2年(1866年)創業という老舗ながら、高級家具ブランド「MATSUOKA」を立ち上げ、世界中のセレブリティを顧客に持っています。松岡家具製造の強みは何か、そしてなぜ海外に飛躍できたのか。地域活性化論、中小企業論、人材育成論などを専門とする中沢孝夫福山大学経済学部教授が解説します。

松岡家具製造。本社所在地:広島市府中市鵜飼町693-2、従業員数:40名、社長:守次 拓。1971年生まれ、6代目。業績:慶応2年創業、非上場。家具の一大産地広島県府中市の伝統を守りながらも、国籍を問わない最高のデザインと品質の製品づくりを目指す。製品の平均小売価格は200万円前後。現在16カ国、37社に販路を拡大。売り上げの3割5分が海外だが、5割を目標としている。

地方の一企業が、海外セレブに認められる

福山大学経済学部教授 中沢孝夫氏。1944年群馬県生まれ。全逓中央本部勤務の後、立教大学法学部卒業。約1200社のメーカー経営者や技術者への聞き取り調査を実施。具体的なミクロな経済分野を得意とする。著書に『中小企業の底力』『グローバル化と中小企業』『中小企業新時代』など。

「中小企業が大変だ」という話をよく聞きますが、それは個別にダメな中小企業が山ほどあるだけであり、それを中小企業の代表として語ってはならないと考えています。今、シャープが苦戦しているからといって電機産業全体がダメということではないでしょう。それぞれの企業がどれだけ「物語を持っているか」が重要です。オンリーワンの物語を持つ企業は、規模に関わらず強いのです。

その意味で、松岡家具製造は今、富裕層を相手に「MATSUOKA」ブランドをひっさげて、強固な物語を作ろうとしており、実際、結果を出しています。世界のセレブリティにその価値が認められ始めている。現在進行形で勢いがあります。伝統に裏打ちされた高い品質は言わずもがなですが、そのほかに快進撃の理由は、3つあります。

ポイントその1:余力があるうちに「ブランド」になる

1つめの理由は、海外メーカーに負けないブランドづくりを目指した点にあります。松岡家具製造は、府中家具の中でも江戸時代末期に家具製造を始めた老舗の一つで、現在の守次拓社長はもともとテニスのコーチ修行のためチェコに留学し、帰国後ミズノの関連会社でコーチをしていたという、家具業界では異色の経歴の持ち主です。そこでテニスを教えていた松岡家具製造の娘と結婚し、阪神淡路大震災翌年の1996年に入社。当時すでに婚礼家具の売り上げは激減していました。

このままではいけないと会社の方向性を考えていたときに、取引先の大手家具店で守次社長はショックを受けたといいます。というのも、松岡家具製造のダイニングテーブルを気に入っていた顧客が、隣にあった商品がイタリア製高級ブランドと聞いたとたん、そちらを選んだからです。

「品質は負けていないし、弊社の製品のほうが安いのに、選んでいただけなかった。そのとき、“ブランド”にならなければいけない、と腹に落ちました。現在、MATSUOKAブランドはセレブリティ向け海外市場で戦っていますが、それは日本市場に見切りをつけたからではありません。日本のお客様に選んでいただくためには、一流ブランドとして世界で認められることが必要だと思ったのです。将来的には、MATSUOKAは日本でも選ばれるブランドになります」

守次社長はそう語ります。ただし当時も今も、確かな品質で業界内でも評価が高い同社のOEM事業はまだ堅調で、一刻を争う状況ではありません。それでも守次社長は「ファンがつく一流ブランド」を目指しました。余力があるうちに、未来を見据えて次の一手に着手したのです。

こうした思い切った決断は、守次社長がプロパーの家具業界の人間ではなく、スポーツ業界出身という、ある意味で「外様」だったからこそ、できたのかもしれません。もちろん今では、家具業界を知り尽くしている守次社長ですが、業界外からの客観的視点や感覚を持ち合わせていたことが利点となった側面があるように思います。

松岡家具製造は、府中家具の中でも江戸時代末期に家具製造を始めた老舗の一つだ。
「発掘!中小企業の星」は、成長を続ける優良企業を取り上げて、その強さの秘密を各界の識者が解説する、雑誌『PRESIDENT』の連載記事です。プレジデントオンラインでは、本連載で紹介する注目の中小企業を募集します。

・推薦する企業名
・その企業に注目する理由(ユニークな事業に取り組んでいる、急成長しているなど、できるだけ数字を交えて具体的に注目理由をお書きください)
・推薦者の名前と連絡先

特に「事業承継」「商品開発」「海外進出」「人材育成・採用」の分野で、優れた成果を挙げている企業を探しています。自薦、他薦を問いません。記事を最後までお読みいただいた上で、こちらのフォームからご応募ください。