現地取材で風の匂いを嗅ぐ
作品の舞台には極力足を運ぶ。今回の作品でも、コンゴ共和国の原油を積んだタンカーが付近の海峡を航行するマダガスカル、エリオットがユーロクリアに送金されるペルーの資金を差し押さえようとしたベルギー、ヘッジファンドのCEOが訪れるセビリアや別荘を持っているカプリ島、日本の舞台として出てくる江東区の大島団地などを取材して歩いた。その他舞台として登場するニューヨーク、ワシントンDC、香港などはしょっちゅう訪れており、ジャマイカなどのカリブ海諸国、カタール、ルーマニアなどは過去訪れたことがある。英国はもう29年近く住んでいるので最も取材しやすい場所である。今回は英国議会やケンブリッジに足を運んだ。マダガスカルの取材は数ヶ月前から準備をし、現地でガイドと4WD車を雇って国を縦断した。
現地取材では徹底してメモを取る。そこではどんな風景が見え、どんな人々が暮らし、どんな風の匂いがするのか、五感を全開にして取材をする。そうすると色々なものが見えてくるし、1行か2行の描写にも魂がこもって説得力が出る。
今回、2010年に反ハイエナ法案が成立した英国議会も取材したが、長年の疑問が一つ解けた。英国では、与党・野党のそれぞれに、採決にあたって議員たちが党の方針にしたがって投票するよう徹底させる院内総務という閣僚級の役職がある。この役職は、英語で「whip(鞭)」と呼ばれている。なぜ鞭なのか以前から不思議だったが、今回、英国の国会を取材し、議場の左右にある賛成と反対の部屋(division lobby)に議員たちが入っていく昔ながらの採決方法を採っているのを見て、議員たちを羊の群れのように追い立てて行くからwhipなのだと分かった。なお採決の部屋に入るのは採決開始後8分以内とされ、国会議事堂の近くのパブには、一杯やっている議員たちのために採決の開始を知らせる「ディヴィジョン・ベル」というベルが備え付けられている。
情報収集するデータマンの活用
作家の多くはデータマンという情報収集の下請けをしてくれる人を有料で使っている。データというと統計資料を指すように思えるが、要は、執筆に役立つありとあらゆる情報や資料を集めてくれる人のことだ。『国家とハイエナ』を執筆するにあたっては、ロンドンで英語に堪能な日本人に依頼して、図書館やインターネットなどで英文の資料を集めてもらい、日本では、長年私のデータマンをやってくれている人に頼んで、国会図書館、大宅文庫その他で資料を集めてもらった。もちろん自分でも直接資料探しをするが、探すだけでもかなりの労力を要するので、執筆のエネルギーに食い込んでくるし、別の人の目で見るとまた違った資料も出てくるメリットがある。
日本で私のデータマンをやってくれているのは、高校を出たあと演劇や音楽関係の専門学校に進み、バンドや演劇活動をし、その後ライターに転じたという変わった経歴の中年女性である。常に自分の頭でしっかり考え、こちらの要望を咀嚼した上で、資料を探してくれるので、資料を受け取るたびに感心する。以前、一流私大を出たデータマンを2人使ったことがあるが(男1人、女1人)、自分の頭で考える習慣を持っていない人たちだったので、あまり役に立たなかった。結局、どんな仕事でも、いわれるままにやるのではなく、自分の頭でしっかり考えて取り組むことが大切で、学歴と仕事の能力は全然関係ないということだろう。