【弘兼】2015年12月には、サッカークラブ「いわきFC」を設立しました。

【安田】はい。今年5月にはいわき市に物流センターを開設しました。その敷地内に人工芝のピッチとクラブハウスを整備中です。そこでいわきFCの選手は働きながら練習しています。将来的にはいわきFCのスタジアムを建設し、商業施設をつくり、地域に人が集まることを目指しています。スポーツを通じた地域活性化は、大きな可能性を秘めています。

【弘兼】そもそも安田さんとスポーツの関わりはアメリカンフットボールでしたよね。法政二高でアメフトを始めて全国ベスト8になり、法政大学に進んだ後は日本選抜の主将を務めた。大学卒業後は三菱商事に入社します。そこでは何を担当していたのでしょうか?

【安田】自動車部です。

【弘兼】花形部署ですね。

【安田】ええ、まあ……当時、自動車部はいすゞ自動車と組んで、部品を供給して現地で組み立てて販売するという「ノックダウン方式」で、大がかりなビジネスをしていました。まずは現地に組立工場をつくります。そのうちに向こうでも簡単な部品、鋳物などをつくるようになるのです。僕はその部品を輸入する仕事でしたが、花形なのは輸出をするほうです。

【弘兼】学ぶものはありましたか?

【安田】小さなビジネスモデルみたいなものは学びました。でも、それ以上に組織の限界を感じました。当時の三菱商事は職種によって、権限が厳格に規定されていたのです。僕のような新人社員は、ファクスを出すこともできない。

【弘兼】かなり窮屈ですね。

【安田】僕が商社を選んだのは実力主義だと聞いていたからなんです。でも入社してみて、「新人ハンドブック」というものを開いてみると、勤続年数や役職で、仕事がきちんと決められていた。何か違うなと。