相手はどうやってニーズを満たすか
有能なネゴシエーターは価値のパイを大きくすることだけでなく、そのパイのより大きなシェアを設定することもめざす。ケルン大学の心理学者、トマス・ミュスワイラーとわれわれの共同研究では、ネゴシエーターは、相手は他にどのような方法で自分のニーズを満たすことができるか――つまり、相手のBATNA(交渉が決裂した場合の最善の策)――を考えることで、戦略面・分配面で優位に立つことができるという結果が出ている。相手のBATNAが、相手がにおわせているほどよいものではないことがわかったら、あなたは自分の取り分をもっと多くするよう迫ることができるだろう。
たとえば、ある製造工場の売り手が、購入希望者から低いファースト・オファーを受けたとする。売り手は工場の欠陥に関心を集中させてしまい、そうすることでそのファースト・オファーを正当と思ってしまうかもしれない。しかし、買い手の他の選択肢を検討すれば、売り手は、同じような工場をゼロから建設するにはどれだけの費用がかかるかに気づくはずだ。この認識は売り手に、その工場の本当の価値により近いカウンター・オファーをする力を与えてくれる。視点設定は、相手のファースト・オファーによって陥りかねない視野狭窄を避けるのに役立つわけだ。
なぜ、相手はそのように行動しているのか
視点設定ができるネゴシエーターは、相手の有利な点を認識することで相手の隠れた、そして往々にして善意の意図に気づく可能性が高い。
次のような状況に置かれていると想像してみよう。あなたはシカゴに引っ越して、新しく入居したマンションの床をフローリングに張り替えてもらった。その際、業者が誤って床下の暖房パイプの一部を破裂させてしまったが、あなたがそのミスに気づいたのは数カ月後だった。業者は一切の責任を否定する。
あなたは思わず訴訟を考える。だが、視点設定のうまい人なら、この時点で業者に、なぜこれほどかたくなに責任を認めようとしないのかを尋ねるだろう。その結果、彼らの強欲さと見えたものは実は保険料が上がったら困るという思いからきているのだということに気づくかもしれない。業者の保険料の値上げにつながる保険支払い請求をしないと約束すれば、業者は破損したパイプを喜んで修理してくれるかもしれない。
何が、どのような方法で、なぜというわれわれの3つの問いを戦略的に検討することは、視点設定能力を磨く最も簡単な方法だろう。
もう1つの方法は、さまざまなタイプの人とつきあったり、さまざまな状況に身をおいたりして、自分の経験の幅を広げることだ。
あなたは多様な関心や能力や経歴を持つ人々とともに働いているだろうか。あなたの会社は新しいアイデアや意見を表明することを奨励しているだろうか。あなたは外国で生活したり、働いたりしたことがあるだろうか。これらの問いの答えがイエスなら、あなたは、単に多様性に対処することに慣れているがゆえに、効果的な視点設定ができる可能性が高い。
われわれの研究では、外国で暮らした経験のあるネゴシエーターはその経験がないネゴシエーターより視点設定がうまく、したがって模擬売買交渉で関心をベースにした交渉を成立させる可能性が高いという結果が出た。
多様な経験はあなたに多様なニーズを細かく識別する能力を与えてくれ、それによってあなたが相手の動機や関心を理解することを可能にしてくれるのだ。