講師は2つの作業台を行き来しながら、「この部品を左手でこう持って、こちらを右手で押し込んで」「部品の番号を確認して」「オイルを付けるのを忘れないで」などと声をかけていく。その指示は、部品の持ち方からネジを付ける順番まで、とにかく細かい。しかし、一見、細かすぎるように思える手順も、講師の説明を聞くと、安全のため、効率のため、ネジの緩みを無くすため、部品の焼き付きを防ぐためなど、すべてに合理的な理由があり、現場での弛まぬ「カイゼン」の積み重ねによって突き詰めた末の最適解であることが伝わってくる。

70年代からトヨタの製造現場で働いてきた講師にとっては、エンジンの組み付けは単なる作業ではなく、自身が歩んできた道そのものだ。部品に付いているちょっとした溝についても「これは80年代に環境基準が変わったときにこの形状にしました」などと、その意味が語られる。部品1つを組み付けるたびに、その部品の重要性から作業上の工夫、オートメーション化したときに苦労した話などが次々と飛び出す。新人たちは、こうした講師の生の言葉から「もっといいクルマ」を目指して試行錯誤が重ねられたトヨタの歴史を感じとることだろう。

軽々とネジを締めたり、部品を組み付けたりする講師の手つきや身のこなしにも、たびたび感嘆の声が上がっていた。実際に作業を体験してみると、これらの作業は想像以上に難しい。講師が軽々と持ち上げてみせた部品も、新入社員たちが持ち上げようとすると持ち上がらないのだ。「このクランクシャフトは18キログラムあります。私が入社したばかりのときは、これを1日1000個、持ち上げていました」といった話を聞くと、高度経済成長をけん引していた頃の活気あふれる「モノづくり」現場が目に浮かぶ。