「働きアリの2割は働かない」を、2年かけて実証
アリのコロニーにはほとんど「働かないアリ」が2割ほど存在する。そして「働かないアリ」が存在しないと、コロニーは長続きできない――。進化生物学者で北海道大学大学院准教授の長谷川英祐氏が率いる研究グループは、長期にわたるアリの行動観察やコンピュータシミュレーションを通じて、こんな意外な事実を発見した。一見、短期的には非効率に見える「働かないアリ」の存在が、組織の長期存続に大きな貢献をしている。近年、日本企業では短期的な効率重視に偏ったマネジメントが目立つが、虫の世界の「勝ち組」は、どうやら短期的効率一辺倒ではないようだ。
長谷川氏が8年ほど前から手がけたのが「働きアリの2割は働いていないと言われているが、それは本当なのか」というテーマだった。「ほとんど働かないアリがいることはわかっていた。またそれが2割程度だということがまことしやかに言われていたが、実際に調べた人は誰もいませんでした」。当時長谷川氏の研究室に所属した大学院生がアリの研究を希望したこともあり、このテーマを手がけることにした。
「ほとんど働かないアリが2割いる」と、結論を言ってしまえば簡単だが、このことを科学的に証明するには、実に2年の歳月を要した。
実験の対象にしたのは、シワクシケアリ。「1つのコロニーに女王アリが1匹しかいない、コロニー内の遺伝的多様性が小さいことと、動きが遅くて観察しやすいことが、このアリを選んだ理由でした」(長谷川氏)。
1匹の女王アリと150匹の働きアリを1組とし、計4組のコロニーを採取。組ごとにプラスチックケース製の人工巣に入れて飼育した。働きアリの、胸、腹に3色でペイントして個体を識別し、1匹1匹、毎日何をしているのかを観察した。
観察の前提として、アリの行動を20種類程度に分類。「幼虫にえさをやる」「互いの体をグルーミングする」「えさを取りにいく」などは、直接コロニーの利益となる行動として、「働いている」と判定。一方、「自分の体のグルーミング」「ただ歩いている」「じっとしている」などは「働いていない」と判定した。
1日3回、150匹すべての働きアリの行動を観察。3日間観察して1日休みという1クールを8回繰り返す。この1カ月以上にわたる実験を2年にわたり2回実施した。
実験の結果、コロニー内の概ね2割のアリは、労働と見なせる行動を5%以下しかしていないことがわかった。また、よく働くアリ上位30匹、働かないアリ下位30匹を取り出して観察を続けると、やはり2割程度のアリがほとんど働かなくなることもわかった。アリのコロニーにはなぜ一定の「働かないアリ」が存在するのだろうか。長谷川氏によると、「反応閾(いき)値」と呼ばれる「仕事への腰の軽さ」の個体差が影響しているという。
働きアリたちの前に「幼虫を世話する」「巣を作る」といった仕事が出現すると、反応閾値の低い、つまり「腰の軽い」アリがまず働き始める。腰の軽いアリがどこか別の場所に行ってしまったり、疲れて休みだしたりして初めて、より反応閾値が高い「腰の重い」アリは働き始める。こうしたシステムがあるから、相対的に腰の重いアリたちは、ほとんど仕事をしていないように見えることになる。「よく働くアリたちにも働かないアリたちにも、相対的な反応閾値の差はある。だから一部のアリを取り出しても、またその中で働かないアリが出てくるのです」(長谷川氏)。