「あなた方がホテルを支えている」

ところが、周囲の心配をよそに井上は着任早々、軽やかに動き始める。

「ハワイと謳っているわりには、ハワイらしいものがないよね」

ある日、井上が郡司に相談したひと言から、社内では接客スタイルや、客の来場時の挨拶のスタイルを見直すことになる。客が到着後すぐに部屋に入れるようチェックインの時間を2時から1時に早めたのも、顧客目線を重視する井上だ。それまでは清掃の都合で、客はすぐに部屋に入ることができなかった。

特に社員を驚かせたのは、日陰の存在だった清掃員約50人に「アロハエンジェル」という名称をつけたことだ。「いかにも清掃員」というモスグリーンの上下の制服も、アロハ柄のポロシャツとグリーンのベレー帽のコスチュームに刷新した。

「清掃スタッフこそ顧客満足度の最前線にいる人たち。彼女たちはフラガールと同じくらい、ホテルにとって重要な役割を担っている。そのことを形として示しました」(井上)

井上は頻繁に清掃員のミーティングに顔を出しては、「あなた方がホテルを支えている」と語りかけた。同様に、フラガールことダンシングチームのレッスン場にも気軽に顔を出し始めた。サブリーダー、工藤むつみがその様子を語る。

「社長がレッスン場に来られるのはめったになかったのですが、井上社長は就任直後から、よく様子を見にこられます。最初は緊張しましたが、気さくに声をかけてもらい、自然に会話をするようになりました」

若手ダンサーの須藤水貴は「就任されて間もない頃、君は須藤さんだねと、名前で呼ばれたことが印象に残っています。しかもメンバーそれぞれの衣装の特徴までご存じだったのには驚きました」と語る。

東京のエリート銀行マンと聞いて、冷徹なイメージを抱いていた社員たちも、まず組織の末端から入ってきた井上の姿を見て「サービス業がよくわかっている」「会社の歴史を大事にしていて、どうやら人の気持ちがわかる人だ」と信頼を寄せるようになった。