娘が映画の誘いを断った理由とは
このコラムの担当編集者から、「『はなちゃんのみそ汁』という映画を観て、感想を書いてくれませんか」と頼まれました。25歳で乳がんを宣告されながらも結婚した、実話に基づいた夫婦の物語です。もう少し詳しく説明すると、その後、がんを克服した妻(千恵さん)が妊娠。再発のリスクが高まるのを承知で娘(はなちゃん)を出産します。残念ながら再発の宣告がなされ、余命わずかであることを知った千恵さんは「食の大切さ」をまだ4歳のはなちゃんに伝えるため、鰹節を削るところからみそ汁のつくり方を教えます。そして翌年、千恵さんは33歳の若さで天国へ。家族愛がひしひしと伝わってくる、せつなくて感動的な映画です。
原作はベストセラー、絵本にもなり、24時間テレビでドラマ化されて反響も大きく、私の妻と娘もこのドラマを見ていました。その影響で、妻が私の好物である玉子焼きのつくり方を娘に教え、娘がよくつくってくれるようになったくらいです。
そこで、この映画に妻と娘を誘ってみたのですが、妻は抗がん剤の副作用で風邪やインフルエンザにかかりやすくなっているため行けず、娘は少し考えてから「ドラマを見て内容を知っているからいい」と断りました。
妻は仕方がないものの、娘が迷ったのは数日前、私が起こした事件が原因だったからだと思います。その事件というのは、私が妻と娘の前で号泣したのです。わが家にお金がなくて、にんじんジュースをつくるにんじんを買うのを妻がためらったのが原因でした。キッチンで家事をしながら妻の話を聞いていたダメ夫の私は、妻に対して心から申し訳ないと思うのと同時に、自分が情けなくて仕方がなくなりました。
108円のにんじんを買うのに、妻はためらっているのです。わが家では「命のジュース」と呼んでいる材料さえ節約の対象になるほど、追い詰められているのです。たったの108円なのに、です。そう思った途端、私はその場に崩れ落ちて号泣していました。しかも、土下座をしながら「すみません。許してください」と震えながら声を絞り出し、妻に何度も頭を下げたのです。
妻に聞いたところによると、その様子を見ていた娘は驚いた顔をし、黙ったまま自分の部屋へと入っていったみたいです。このことで妻に「どんなにつらいことがあっても、娘の前では絶対に堪えて」ときつく注意されました。このようなことがあったため、娘は私とがんがテーマの映画を観にいくのがイヤだったのでしょう。いや、イヤを通り越して、なんだか怖かったのかもしれません。わが家の崩壊が、すぐそこまで来ているのを、もう小学校5年生になった娘が、感じないはずがありません。