新しい事業を生む、スピードとスローの組み合わせ

“スローダウンの経済”の源泉は、このようにスピードの低下そのものが顧客価値を高めることにある。しかし先に見たように、スピードアップには、投資効率や廃棄ロスや切り替えコストなどの側面での経済性もある。これらの経済性がスピードの低下によって損なわれてしまうのであれば、スローダウンは、全体としては採算性の悪い事業を導いてしまう。“スローダウンの経済”の実現には、スピードの低下による顧客価値の向上が見込めることに加えて、以下のような条件が一定の範囲で成り立つ必要がある。

●スピードの低下によるコスト削減の効果が、スピードの低下から生じる回転率の低下をカバーする(それなら、スピードダウンしても投資効率が低下することはない)。
●予約販売が成立しやすい(それなら、廃棄ロスはそもそも生じない)。
●トレンドの先端を追うことを顧客が求めていない(それなら、多頻度の切り替えはそもそも必要ない)。

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「スローダウンの経済」が成立する条件

“スローダウンの経済”は、単純にスピードさえ落とせば実現するわけではなく、これらの条件を満たせる事業は、実際には多くはない。先に挙げたJR各社による「ゆっくり走る観光列車」でも、単体では赤字となる場合が少なくないようだ。

ではなぜ、かくも多くのスローモビリティを楽しむ列車が、全国各地で運行されたり、新たに計画されたりしているのか。種明かしはこうだ。これらの観光列車に乗る人の多くは、全国各地から新幹線に乗ってやってくる。その新幹線の稼働率向上も加味すれば、先の赤字がカバーされるケースが増えてくるのである。

スローモビリティが拡がる背景には、地域への貢献を目指す鉄道会社の姿勢、さらには列車が走る地元の熱意もある。しかし、それだけでは、脇の甘いビジネスになりかねない。

一見したところ、真逆の論理のように見える、“スピードの経済”と“スローダウンの経済”。だが、両者を組み合わせることで、脇の甘さが懐の深さにつながることは興味深い

(大橋昭一=図版作成 共同通信社=写真)
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