千葉県の房総半島を走るいすみ鉄道は区間が約27キロ、14駅という小規模なローカル鉄道だが、週末や休日は観光客で大賑わいだ。廃線寸前だった万年赤字線を建て直したのが、公募で選ばれた鳥塚亮社長。サラリーマンだった鳥塚社長が、なぜ再建できたのか。

ディーゼルカーの鉄道が人気に

千葉県の房総半島の自然の中をのどかに走るいすみ鉄道をご存じだろうか。沿岸部のいすみ市にある大原駅から、内陸部の大多喜駅を経て、上総中野駅まで14駅、わずか約27キロのローカル線である。

今どき珍しい非電化のディーゼルカーが走るローカル線だが、あなどってはいけない。週末や休日ともなると観光客で賑わい、ローカル線再建のモデル例として全国でも注目されているのだ。

定員100人ほどの車両にはムーミンのキャラクターが描かれているが、車両が特別仕様というわけではない。大多喜町にはかつて徳川家康の四天王の1人に数えられた本多忠勝の居城があったものの、今は再建された天守が博物館になっている程度で、他に集客力のある観光資源があるわけではない。

いすみ鉄道のポスターのキャッチフレーズがふるっている。

「ここには“なにもない”があります」

鳥塚亮・いすみ鉄道社長

このコピーを考えたのが、いすみ鉄道を再建した社長の鳥塚亮(あきら)(54歳)である。

「このポスターを見た10人中9人はここには来ないでしょう。残り1割の人が『まあ行ってもいいかな』と思い、さらにその1割程度が実際に鉄道に乗りに来てくれるぐらいだろうと思います。妙に期待されて、『何だ、何もないじゃないか』と言われる前に最初から宣言したのです。私たちは多くの人に来てもらおうと思っていません。ローカル線のよさをわかる人にだけ来てもらえればいい」

鳥塚の戦略は一貫している。ターゲットは40代以下で、ローカル線の楽しみ方を自分なりに見つけることができる人たち。経済的に豊かな人でもなければ、時間に余裕のあるリタイア組でもない。

鉄道ファンには垂涎の的の「キハ52」「キハ28」という車両がある。旧国鉄時代の最後のディーゼル車両だ。鳥塚はその価値を知っており、これら2台を購入してリニューアルした。

このキハ28を車内レストランに仕立て直し、テーブル席で本格的なイタリアンや刺身料理、スイーツなどを土日・休日に提供している。1人1万円以上のコースながら、売り出すとすぐに完売するほどの人気だ。

この「レストラン・キハ」のメインターゲットも40代以下のカップルや女性グループである。

鳥塚はブログで「団塊の世代をターゲットにしていない」と公言している。その理由として蘊蓄とおカネを持った団塊世代を満足させるようなサービスはないから、参加しない方が身のためですよ、ということらしい。

「地球の反対側へ行くことが目標だった団塊の世代の人たちには気づかないような『小さな幸せ』を見つけることができるのがローカル線の旅」ともブログで語っている。

今後、旅行や飲食消費の核となると思われている団塊の世代をあっさり切り捨てるのが潔い。それは何よりも鳥塚がいすみ鉄道の魅力を知り尽くし、成功した今もそこからぶれていないという証でもある。