「JR九州の列車って何か違うよね」。そんな乗客たちの声をしばしば耳にする。「違う」理由は、はっきりしている。四半世紀にわたって、外部デザイナーである水戸岡鋭治を起用してきたからだ。

インダストリアル・デザイナー
水戸岡鋭治

1947年、岡山県生まれ。大阪、ミラノのデザイン事務所を経て、72年「ドーンデザイン研究所」設立。2010年毎日デザイン賞受賞、翌11年第59回菊池寛賞受賞。『幸福な食堂車 九州新幹線のデザイナー水戸岡鋭治の「気」と「志」』(プレジデント社刊)発売中。

その背景にあったのは、赤字路線を活性化させるには、外部のデザイナーを登用して、新しい風を呼び込み大胆なメスを入れる以外にない、というJR九州の追い詰められた状況である。

水戸岡氏のデザインの特徴は、効率と採算重視というそれまでの鉄道車両の常識の真逆をいくところにある。座席数を大幅に抑え、ゆったりとくつろげる客席をつくり、資材には木やガラス、本革など、メンテナンスに手間のかかる自然素材を多用している。観光列車は、展望車やブッフェなど、コモンスペースを必ず設置しているのも印象的だ。

「私は鉄道の専門家ではなかったから、制約なくできたというところもあったと思います。なによりもまず旅をどう過ごすかという問いかけをして、居住空間としての客席をデザインしていくことに傾注したんですね」

2004年には、「和」をコンセプトとした800系新幹線「つばめ」(写真)を発表。九州産のヤマザクラや藺草(いぐさ)など天然素材をふんだんに使ったぬくもりあるデザインは、既存の新幹線に対する挑戦状として話題を呼んだ。

「九州にはすばらしい伝統工芸や技術があることを知って、新幹線の中にそれらを持ち込ませてもらった。優秀な職人さんたちは自分の技術が九州の新幹線に生かされることを喜んでくださり、みなさんが協力してくださいました。だから、コスト的には既存の新幹線とさほど変わらないのですよ。JR九州も含めたスタッフ全員の手間隙を惜しまない熱意があの車両を可能にしてくれたんです」

それはすなわち、JR九州が掲げる地域密着のスローガンにも通じるものであった。九州の歴史文化を生かしながら地域の活性化を図っていくというJR九州の方向性とも合致したのだ。

JR九州は、そんな水戸岡に対して、車両のみならず、駅舎、駅ビル、乗務員の制服など周辺のデザインも幅広く依頼している。現在進められている大分駅の全面改装のような大規模なものから、水戸岡が常に掲げる「整理整頓清掃」をもとに30万円程度で修復した駅もある。

「よいデザイン、すなわち豊かな環境は、JR九州のお客様に喜んでいただけるというだけでなく、そこで働く社員みんなのモチベーションをもアップさせる」というのも水戸岡の思いだ。

「経済のソロバンではなく、心のソロバンをはじくことが大切。直接的な利益追求だけでなく、夢を持って知恵を出すことがいま企業にも求められているんです」

この発想こそがJR九州に真の筋力をつけ、ファンを生み、ビジネスをつくり出していく源となっている。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(川井 聡=撮影)
【関連記事】
<九州旅客鉄道>観光、外食、農業も進出「九州を売りまくれ!」【1】
「LCC」値段のカラクリ【1】
サンシャイン水族館:親子で遊べる首都圏の行列スポット【1】
破綻前と破綻後何が違うのか -JAL・大車輪改革の一部始終【1】
<JR東日本>大車輪で斬る「人口減少時代の危地」【1】