遅い子に「それで満足するな!」は御法度

【竹内】駅伝はチームとしての成績や記録が問われますが、一方で個人の区間タイムも競い合います。チーム競技でありながら、個人競技でもある。そこに難しさはありませんか。

【原】どちらも重要ですね。長距離種目、とくに箱根駅伝の舞台では、1人で練習に励むという精神的にストイックな個人はまず存在しないと思います。箱根駅伝は10人で戦わなければいけない競技です。個人で戦う部分とチームで戦う部分が両立しないと勝てない。

【竹内】優先するのは、個人の目標ですか、それともチームの目標ですか。

「バッテン査定をするからみんな守りに入っちゃう。プラス査定をしてあげることで成長できるんです」(原監督)

【原】これは私が得意としているところです。だからうちのチームは強い(笑)。たとえばチームとして優勝を狙うためには、10人全員が1万メートルで29分ジャストのタイムを出さなければいけないと仮定しましょう。現実的には、うちの部員は50人いて、チーム内の平均は29分だけども、1人ひとりは28分台前半から30分までいるわけです。

チームが優勝するためには全員が29分で走ることが目標だからといって、30分の子にも29分のタイムを掲げさせたら、その子にとっては目標ではなく妄想になってしまいます。そうではなく、30分の子にはまず29分50秒の目標を与え、そのタイムが出たら、ちゃんと評価してあげるのです。

ところが、多くの指導者は、30分の選手が29分50秒のタイムを出して喜んでいると、「その程度で満足するな。29分出さないと全然話にならないぞ!」と言ってしまう。私は、「おお、よかった。それは自己ベストじゃないか。じゃあ、もうちょっと頑張って次は40秒だね」とか、「もう1回その自己ベストで走ろうじゃないか」と声をかけるようにしています。するとまたジャンプアップしていき、気がついたら29分に届くというところまで到達しています。

もちろん、チームとしての目標を持つ必要はあるし、速い子はエースとしての役割を果たすように指導しなければいけません。しかし30分の子が自己ベストを出したらしっかり評価してあげることも重要です。もし、その子がやる気を失い、チームの一員として機能しなくなると、チームの足を引っ張るようなケースも出てきます。

【竹内】相対評価ではなく、絶対評価で判断するという話ですね。企業でも昔から言われているんですが、ほとんどできていないんです。30分の子が10秒縮めたことは自分にとっては革命的なことなんですが、それを28分で走っている子と比べて「全然速くない」と言ってしまったら人は育たない。

【原】まったくです。それでは育ちません。