消えもせず、増殖もしないがん

医療の究極の目的についても、本書は考えさせてくれます。

がんという病気は一直線に悪化の一途を辿るものではありません。進行のペースは、千差万別です。

中には、明らかに肉眼で見えるのに、数カ月、ときには年単位で、同じ状態を維持し続けるケースさえあります。

そのような消えもせず、増殖もしないがんを「スロープレグレッシブ」(遅行性)と言い表します。

その場合は、体に多大な負荷をかけてまで、抗がん剤などでがんを一気に小さくしようとするだけではなく、「共存する」「一緒に生きていく」という考え方を重視して、慎重に観察を続けながら柔軟性に満ちた治療方針に切り替えることもあります。進行がん=抗がん剤投与と考えるのはそれはそれで間違いだと思います。

私は患者さんに必ず、「あなたはどのように生きていきたいですか」ということを尋ねています。医療の目的は闇雲に命を延ばすことだけに限りません。確かに命の長さは明確に計測ができます。しかし本来、長く生きることは「幸せ」を測る指標の一つに過ぎないはずです。

医療の本当の目的は「人生を幸せに生き抜いてもらう手助けをすること」と私はとらえています。

実際のところ「幸せ」とはそれぞれの人によって違うものであるし、量的には測ることができないものであるはずです。「がんを少しでも小さくする」「少しでも長く生きる」といった考え方から解放され、少しでも心豊かな瞬間が増えるとすれば、それも「幸せ」の一つの形ではないでしょうか。

西 智弘(にし・ともひろ)
川崎市立井田病院・かわさき総合ケアセンター医師。2005年、北海道大学医学部卒。家庭医療を志した後、緩和ケアに魅了され、緩和ケア・腫瘍内科医として研修を受ける。2012年から現職。緩和ケアチームの業務を中心として、腫瘍内科、在宅医療にも関わる。日本内科学会認定内科医、がん治療認定医、がん薬物療法専門医。http://tonishi0610.blogspot.jp/
(構成=山守麻衣)
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