身体の不調和を一部の細胞が教えてくれている

私は循環器専門の内科医ですが、医師の役割とは、狭い意味での医療にとどまらず、人間を含む生命活動全般について多角的に深く理解することであると考えています。たとえば、西洋医学では身体を「戦いの場」ととらえ、治療とは最終的にその戦いに勝つことだと考える傾向がありますが、違う考え方もあります。いわゆる「病気」を心と身体のバランスが崩れた不均衡な状態であると考え、それを調和した元の状態に戻していく。そのことが結果的に「病気を治す」ことにつながる、というアプローチもあるのです。

稲葉俊郎・東京大学医学部付属病院循環器内科助教

『がんが自然に治る生き方』に出てくる、末期がんが自然寛解したケースというのは、人間が持っている自然治癒力を引き出すことで心身の新たな調和を見いだした人たちの話だと思います。西洋医学がもっとも進んでいるアメリカでこうした本が出版されたのも、何らかの「揺り戻し」があるのではないでしょうか。何かが極端に振れると、またその極がでてきて中庸でバランスをとるというのが自然の知恵です。もちろん、訳者あとがきにもあるように、国による医療制度の違いも大きな原因の一つとしてあるでしょう。高額な医療が受けられない人が、お金のかからない呼吸法や瞑想など、自分でできる治療から取り組むといった面もあると思います。薬や手術によらず、自分なりのやり方で不調和を調和に戻すことにつながった人たちが少なからずいる、ということは知っておいていいと思います。

著者のケリー・ターナーさんは本のなかで「治療(cure)」と「治癒(heal)」を使い分け、治癒とは「人生により多くの意義と、幸福と、健康な行動をもたらすこと……わたしたちがあとどれだけ生きるとしても、いますぐ始めるべきこと」としています。治療の世界は治療家にとっての「病気を治す」競争に陥ってしまうこともありますが、治癒という現象においてはそもそもその必要がありません。

私の患者さんのなかには生まれつきの病である先天性の心疾患の方もいらっしゃいます。生まれつきの状態が、多くの人とは異なっているわけです。ただ、その状態がその人にとって異常だというわけではないと思います。その生まれつきの状態を前提とした上で、その中で全体の調和がとれた状態というものが大事なのです。それが生きているということです。その人から先天性の疾患が取り除ければいい、病がなくなればすべてが解決する、という単純なものではありません。人間は全体的な存在です。がんにしても、身体全体が不調和になっているということを一部の細胞が教えてくれている、ととらえることもできるのではないでしょうか。全体の調和のために、部分がそのバランスをとるのです。その知らせに気づいて調和のとれた状態に戻ろうとするなかで、健康を取り戻していくというプロセスもありうると思うのです。