身体の状態が改善されれば思考がクリアになる

ただ、この本に出てくる人たちのように、そういうことがすぐにできる人は非常に少ないと思います。なぜなら、多くの人は、自分の心や体に関する勉強を一度もしないまま大人になるからです。現在の学校教育では生命や体の仕組みのことを深く学ぶ機会がありません。病気になって慌ててインターネットで情報を集め始めても、ある程度基本がわかっていなければ、情報の質の違いがわかりません。しかも焦りや不安のなかで情報を得ようとすると、断定的に言いきっている情報や権威付けのある情報に飛びつきがちなのです。自分で治療法を決めるためには、ある程度の体や生命に対する基礎知識と、自分がベストな判断をしたと感じられる自己信頼に基づく自信が必要なのです。

予防医学の基本は教育です。自分の心、身体、食事について正しい知恵や知識をもって生きていくということが予防医学になるのだと思います。人生の早い時期に、体の仕組みについて、具体的には解剖学、生理学、免疫学、栄養学などの基礎的な知識を偏見なく学ぶ機会があれば、いざ病気になったときにどういう治療を受けたいのかを主体的に考えることができます。回り道のようですが、病気との向き合い方も含めた生き方を自己決定できる人を増やすには、まずは教育だと思います。基礎のないところで治療法を自己決定するのは困難であり、リスクも伴います。

では、何から取り組めばいいのか。医師の立場から言えば、やはり食生活を見直すということが効果的だと思います。食事は他でもない自分の体を物理的に構成するものだからです。この本で紹介されている「末期がんから劇的な寛解をとげた人が実践している9項目」のうち、2項目だけが体にかかわるもので、あとはマインドやスピリットにかかわるものです。そうはいっても、身体は食べ物でできています。食べ物を通して身体の状態が改善されると思考がクリアにニュートラルになって、直感も冴えてきます。その結果、適切な決断ができるようになる。食事を変えることが自分で自分の人生を決めていくことにもつながっていくのです。また、食生活を変えるには周囲の人の支えも必要です。そういう意味では生き方を変えることにもつながるのかもしれません。

ただ、生活を変える場合も教条的にやるのではなく、自分にはどういう食物が合っているのか、乳製品はいいのか、小麦はいいのか、肉はいいのか……、ひとつひとつ考えながら、身体と対話していくことが大切です。そして特定できる生産者の方が愛情をもって育てたものを適量食べることを心がけていただきたいと思います。必ず加熱して食べなければならないとか、逆に必ず生のものを食べなければならないとか、肉は食べてはいけないとか、例外を許さない極端な食事法もありますが、よほど体に合うという実感がない限りは継続しておすすめできません。

どの食事療法も、結局はその食事療法の創始者の体質が基になっているのです。その人と近い体質の人には効くし、そうでない人には効きません。体質も年齢や時期で変わることがあります。沖縄の人たちは豚肉を食べて長寿ですし、インドの聖者は厳密な菜食主義で健康を保っています。何を食べるか食べないかということにとらわれすぎる前に、食を通じていのちや、自分という存在と向き合う姿勢の方が大事です。心を整えることは身体を整えることにつながり、身体を整えることは心を整えることにつながっています。(次回に続く)

稲葉俊郎(いなば・としろう)
医師。東京大学医学部付属病院循環器内科助教。
1979年熊本県生まれ。2004年東京大学医学部医学科卒業。2014字年東京大学医学系研究科内科学大学院博士課程を卒業(医学博士)。専門はカテーテル治療、先天性心疾患、心不全など。週一度の在宅医療往診も行う。東京大学医学部山岳部監督、涸沢診療所(夏季限定山岳診療所)での山岳医療も兼任。あらゆる伝統医療や補完代替医療を医療現場へと応用していくことを前提に、それぞれの技術や知識を共有するための場として未来医療研究会を暫定的に立ち上げ、活動している。その独自の医療観は、前野隆司著『無意識の整え方』(ワニ・プラス)に収録された対談のなかでも語られている。
▼編集部おすすめの関連記事
がん治療法「自分で決める」ことのすすめ