「負の事象」の心理学
心理学によれば、悪い事象はよい事象よりはるかに強くわれわれに作用する。おまけにわれわれは、好ましい結果を他人の手柄とする気持ちより、不都合な結果を他人のせいにしたいという気持ちのほうに強く動かされる。
なぜそうなるのだろう。神経心理学の研究によると、人間の脳は好ましくない情報を好ましい情報よりも強く感じ取る。実際、きわめて好ましくない経験は、ニューロンやシナプスに本質的なところで作用して、脳を不可逆的に変化させる。好ましい事象に対するわれわれの反応が概してすぐ消え去るのに対し、好ましくない事象はわれわれの頭にいつまでもこびりついているのは、ひとつにはこのためだ。おまけにわれわれの情報処理は、好ましくない情報については好ましい情報の場合ほど効率的でも正確でもない。
交渉に関する研究もこれらの研究結果を裏づけている。負担はわれわれの意思決定プロセスに、便益より大きな影響を及ぼす。われわれは負担を避けるためには、等価の便益を得るために払う代償より大きな代償を払う気になるし、負担を引き受けるためには、等価の便益を放棄する場合より大きな埋め合わせを必要とする。
そのうえ人間は、負担や規制を受け入れることには、便益や機会を追求するときよりはるかに激しく抵抗する。一般に、費用や負担をめぐる交渉では、利己的で競争的な行動を生む特質である攻撃性や疑念が際立つ。そのため、負担をめぐる交渉は、棚ぼた式の便益をめぐる交渉より対立的になり、効率の悪い結果を生みがちだ。
負担の予想は視界を曇らせる働きもする。負担を配分しようとしているネゴシエーターは、利益を配分しようとしているネゴシエーターほど明確には自己の利益を察知できない。何が自分にとって最善の利益なのかが明確でない場合、望みどおりの結果を得るのは難しい。おまけにネゴシエーターは、リスクを避けるためには、便益を得るためにとるリスクより大きなリスクをとることをいとわない。実際、われわれは負担に対して強い抵抗を感じるあまり、自己の利益になる合意をはねつけることさえあるのだ。
おまけに、自己の利益を明確に察知できないネゴシエーターは、創造的な解決策を見つけることもできない。われわれの研究によると、負担に直面しているネゴシエーターは、統合的問題(integrative issues=両者の間に有益なトレードオフを可能にするような選好の違いがある問題)にも、互換的問題(compatible issues=両者の選好が同一の問題)にも、便益に直面している場合ほど敏感には気づかない。負担を配分しようとしているときは、ネゴシエーターは表面の対立に気をとられすぎて、自分たちの間に存在する共通項を見落としてしまうのだ。