超一流になる人は、虎視眈々と上を狙い続けられる人
――「超一流の壁」は厚そうですが、杉山さんが現役時代にこいつにはどうやっても勝てない、人間じゃなくて化け物だと思った選手は誰ですか。
【杉山】ウィリアムズ姉妹ですね。瞬発力・パワー、その他すべてが半端なくて、どうしようもないと思いました。時速200kmを超える男子並みのサーブを打てるのは女子でも片手くらいしかいませんからね。セリーナとヴィーナスの2人と対戦するときは恐怖心を覚えました。ヴィーナスには彼女が出始めのころに1回だけ勝ったことがありますが、セリーナには1度も勝てませんでした。
私が小さい(161cm)ながらも世界で戦えたのはバランスの良さやフットワークの速さといった身体能力が世界的にも並み以上だったからだと自負しているのですが、あの2人だけはケタ違いでした。
――この姉妹と杉山さんは身長で何cmくらい違いますか?
【杉山】ヴィーナスとは30cmくらい違うと思いますよ。190前後ありますからね。セリーナは180cm台だったと思いますが……178cmの錦織選手も今まさにイーズナーとか南アフリカのケヴィン・アンダーソンといった2m台の選手と対戦することも多いわけですが、互角以上に戦えていますからね。パワーや体格に圧倒的な差があっても何とかできるのがテニスの魅力でもあります。パワーに対してパワーだけで対抗する必要はありませんし、錦織選手もそこでは対抗していません。
*筆者注:なお、実際のヴィーナスの身長は185cm、セリーナは175cmである。つまり、現役時代の杉山はこの2人に実態以上の威圧感を覚えていたということになる。
――錦織もパワーに依存するのではなく、頭を使った粘りながらプレーするタイプだけに期待が持てそうです。本日はお時間をいただき、ありがとうございました。
▼大きな存在を超える、という気概をキープせよ
杉山氏の結論は、1位と4位の間に差があるのは当然だが、決して圧倒的な差ではなく、全仏では大いに期待してもよい、というものだった。
『ジョコビッチの生まれ変わる食事』巻末のインタビュー時、杉山氏は錦織をこう評した。
「スピードとか展開の速さ、ショットのバラエティの豊かさ、奇想天外な展開力があり、ジョコビッチとは違うすごみがある」
一方、ジョコビッチに関しては「ディフェンスは間違いなくナンバー1」とした上で、「ディフェンスがそのままオフェンス(攻撃)につながっているという側面があって、そこが彼の魅力」。だが、杉山氏がもっとも衝撃を受けたのは、今回のインタビューにもあったように、かつての3番手時代のジョコビッチが見せた「常に上を目指す」メンタルの強さだ。
「なまじプロだからプロのすごさがわかってしまうことがあるわけです。将棋でも、プロだからこそ羽生(善治)さんには勝てないみたいな話があるでしょう。でもそんな時期にも彼は気持ちを切らさずに虎視眈々と1番を狙い続けていた」(本書より)
考えてみれば、こうした姿勢が大事なのはビジネスの世界でも同じだろう。「絶対的なエース社員」や「実績十分の上司」をリスペクトする一方で、いつかその大きな存在を超えてやるという気概をキープし続けることが、ワンランク上に上がるためには必須だ。
錦織は5月中旬のイタリア国際の準々決勝でジョコビッチと直接対決、3-6、6-3、1-6と1セットを奪ったものの敗れ、対戦成績は2勝4敗となった。その大会で、ジョコビッチは優勝した。
「超一流」と「一流」は似て非なるものだ。今後、その差が縮まるか、広がるか。それは錦織が「3番手時代のジョコビッチ」のような「虎視眈々」ができるかにかかっているのではないか。
その他、私が見るところ、ジョコビッチと錦織の間に横たわる差とは「食事」「歯」「人間の器」の3点である。これらについて、次回以降のテキストで検証していきたい。