地球は人類が生存する基盤であり、食料や水のみならず貴重な居住空間を与えてくれる。その構造と歴史を教えるのが高校理科の科目「地学」である。ところが現在、履修する高校生は全体の1割以下でしかない。こうした状況で本書は、地学を学ばず社会に出てしまったビジネスパーソンにとって優れた啓発書である。
著者は地球物理学を専門とする東大名誉教授で、火山噴火予知連絡会長を歴任するなど実社会との接点も多く持つ。さらに専門書から一般書まで、論旨が明快で歯切れのいい文章を書く力において、著者の右に出る科学者はそう多くはいない。
本書は、第一章「地球はどんな星か」、第二章「地球はこうしてつくられた」、第三章「地震と噴火に備える」、第四章「地球環境で暮らす」の章立てで、地震や噴火予知の可能性、さらに気候変動やエネルギー問題まで広範に論じる。ここでは「長尺の視座」、すなわち時間的・空間的に長く大きな尺度で地球が語られる。加えて、日常生活に直接関係する内容として「表層地球」で起きる様々な現象を解説する。
たとえば、地震のマグニチュードと発生頻度の関係についてこう記す。「マグニチュードが1増えると、発生頻度は1/10に減少する。マグニチュード7前後の地震が1回起こる間に、マグニチュード6前後の地震は10回起こる計算になる」(165ページ)。
ここから表層地球の現象には「フラクタル」という原理が働いていることを導いてゆく。フラクタルとは簡単に言えば「自己相似性をもつ現象」だが、著者は常に「現象をできるだけ体系づけ、奥にある支配原理を究明」(ivページ)しようと心がける。
現代の地球科学は、物理学・化学・数学・生物学のすべてを動員して、複雑な地球を理解しようとする。さらに著者は「自己組織化」「フラクタル」などの新しい概念を縦横無尽に用いながら、最先端の地球描像を与える。まさに「教科書は一流の研究者の著作に限る」ことを体現した本なのだ。
「科学の伝道師」を標榜する評者としては、秀逸な構成にも触れておきたい。各章と各節の冒頭に書かれた要約が、続きの文章を読む際の「水先案内人」の役割を果たしている。これは学術論文を作るとき、段落の冒頭で「トピックセンテンス」を掲げる手法だが、学者には当たり前の方法論を入門書に応用している点も秀逸と思う所以である。
「あとがき」では昨年御嶽山で起きた噴火災害について触れており、火山噴火予知連絡会長を務めた著者ならではメッセージが添えられる。世界屈指の変動帯にある日本列島で安全に暮らすためにも、きっちり学べる教科書として本書を大いに活用していただきたい。