悩みは教育だけではありません。親の介護の問題は、介護施設や介護サービスを今よりもっと充実させないと解決できない問題です。しかし、介護サービスの従事者は、一般の業務の平均賃金より7万円も安いとか。これでは担い手がいなくなります。
なぜそうなったのかを、日本女子大学教授の渋谷望氏が著書で「魂の労働」という概念を用いて説明しています。介護は社会的に価値のある、魂に触れる労働だから低賃金でいいと社会が甘受してきたからだというのです。
そこに遺産相続のいざこざが絡みます。読売新聞の「人生案内」欄は昨今、遺産相続に関する話が非常に多い。それらはすべて、先に言ったようないびつになった社会構造によって引き起こされている問題です。
要は、この先は国も会社も、社会も頼れない。自分と家族の生活とその行く末は、自分たちで考え、守らなければならないということです。
するとやはり、「受けるよりは与える方が幸いである」という原点に戻ります。経済力、仕事の能力も含めた自分の力がいかほどのものか、妻に子に老親に、自分が何をしてやれるのか、逆に何をしてやれないのかを冷静に見る徹底したリアリズムが必要となるのです。
実も蓋もない話ですが、今、中堅のビジネスパーソンが抱える家庭の悩みは、実はお金に還元されるものが多いと思います。仮に十分なお金を得た場合、実際に抱える問題はどの程度残るかを考えてみるといい。純然たる悩みなのか、完全に経済的な悩みなのか。経済的な悩みなら国家の予算と同じで、限られたパイの中で優先順位を変えるか、落とすところは落としていかないといけない。
「与える」ためには努力も必要です。今の若年層は80%が現状に満足しているというが、これは非常に危ない。その子の世代、孫の世代にもっとひどい世の中になってしまいます。
「狭い門から入りなさい」で始まる「マタイによる福音書」7章13~14節の「滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い」とは、まさにそのことを指し示しています。あえて狭い門を選ぶ。努力はしなければいけない。極端な形での“頑張らない生き方”をしていると、奈落の底に落ちる危険があります。
滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。
しかし命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。
それを見いだす者は少ない。
新約聖書「マタイによる福音書」7章13~14節
親世代一人ひとりが握っているバトンを、どうやって次世代に渡すかは重要です。お金や物のみならず、家族に与えたいものがあるならば、職業や働き方、生活のありようを大きく変えることも視野に入れ、自分の人生を考えなければなりません。
※言葉の出典は日本聖書協会『聖書』(新共同訳)
作家、元外務省主任分析官
1960年生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了、外務省入省。2002年背任等の容疑で逮捕される。05年執行猶予付き有罪判決。著書に『国家の罠』『自壊する帝国』『人に強くなる極意』ほか多数。