「キッチンの正しい形」は存在しない
行動からニーズを読み取るというと簡単に思えるが、実際は地道な作業の積み重ねの末にようやくヒントが見つかるものだ。一番望ましいのはある人々が日常生活において、どんなふうに振る舞っているかを記録・観察すること。しかし、生活そのものを見るのは難しいため、日常に近い状態をつくり出して観察を行う。リクシルでは、複数のビデオカメラや分析のための部屋などを備えた実験施設を社内に持っている。
「観察をして、あ、変だなとすぐに気がついてアイデアを思いつけばいいのですが、見るだけではわからないことが多い。そこで、ほとんどのケースではタスクの中にサブタスクがいくつあって……と細かく分けて見ていくことになります」
動画を解析し、1時間の作業を1分ごとに区切って調理行動と作業動線を分析する。分析には膨大な時間がかかるが、一番大変なのは、分析したものをアイデアに転換するところだという。
「世の中にキッチンの正しい形はこれだ、というものがあれば楽なのですが、残念ながらありません。自宅でも何かヒントは得られないかと、妻が料理をしているところをビデオで撮って観察したこともあります」
そのときに田口さんをはじめメンバーみなが驚いたのが「クレジットカード」だった。
「シンクの中に、洗剤やスポンジと一緒に期限切れのクレジットカードが置いてあるんです。何に使うかわかりますか?」と唐突にいった。料理をしない田口さんにはわからなかったが、妻はそれをフライパンのこびりつきを剥がすのに使っていた。商品に反映したわけではないと笑うが、もしアンケート形式で聞いていたら、決して見えてこないことだった。
いま、行動観察を取り入れる企業は増えているという。
「商品開発だけでなく、行動観察は店舗での売り上げを伸ばす、オフィスで業務を効率化するなど、いろいろな分野で応用できます。たとえばショッピングモールで集客を増やしたいというケース。モールで人の流れを観察し、動線をつくるための仕掛けを考える。ほかにも、スーパー銭湯で顧客の目線を分析して飲料の売り上げを伸ばしたという実績もあります」
キッチン開発部 要素開発グループ グループリーダー 田口 哲
1987年 サンウエーブ工業入社。以降、キッチン開発部門においてデザイン・生活研究・商品企画などを担当。
2002年 収納部材「ドアポケット」を開発、人気商品に。それを搭載したシステムキッチン「サンヴァリエ・ピット」がヒット。
2004年 システムキッチン「アクティエス」でグッドデザイン金賞受賞。キッチン関連商品でのグッドデザイン賞受賞は10回以上。
2011年 合併・統合により現職。
●デキる男の本の選び方、購入場所、読書タイム
―田口さんオススメの1冊
『ヒット商品を生む観察工学』 山岡俊樹著/共立出版―行動観察の手法を体系化した―
商品開発に役立つ行動観察という手法を、初めて体系化した本。読みやすくはないが、この一冊があれば網羅的に理解ができる。方法論とともに事例も紹介されており、自己流でのやり方に行き詰まった人にもおすすめ。
―どんな本を仕事に役立てている?
マーケティング関係の本。特に、他社の商品開発をテーマにしたもの。新しいキッチンを開発する仕事には答えがないため、事例として参考になる。他企業の開発の話は、読むとわくわくする。単純に読み物としても楽しい。
―挙げた書籍以外に印象深いものは?
『知識創造企業』(野中郁次郎ほか著)。パナソニックのホームベーカリー開発の事例が印象に残っている。発想とはこうやって広げていくものか、と目を開かされた。
―どこで本を買う?
紀伊國屋などの大型書店。週末、家族で買い物に行ったときに1人でよく書店で本を探している。
―いつ読んでいる?
主に電車の中や休日。読めるのは月に2~3冊程度。