「部分的に行動観察について紹介した本は何冊かありますが、実際のやり方を丸ごと一冊で解説した本はおそらくこれだけ。何か違うやり方を試してみようかな、こんなふうにやってみる手もあるんじゃないかな、というように、私自身も折に触れて何度も読み返しています」と田口さん。この本を、研究所のチームメンバー全員に参考書として読んでもらうことにしている。

本書によると、行動観察が優れている点は次の2つ。言語化されていないニーズを抽出できること、社会的正義によるバイアスを排除できること。後者は、たとえば社会的に正しいとされている「料理の前には手を洗う」ことに反する生活実態があっても、アンケートでは出てこない。観察を行えば、生活実態を直接把握できるという利点がある。

人の行動は論理的ではない!

田口さんが、以前に行った観察と分析を振り返る。

「モニターの女性が自宅の台所で料理をする様子を収めたビデオがあります。見ていると、女性は自分の立っている位置からほとんど動かず、引き出しを少しだけ開けて、そこから斜めにすべらせるように無理やりボウルを出し、そのボウルを持ったまま引き出しを閉めたのです」

田口さんたちメンバーは、この一連の動作を「本来ならこうするはず」という「論理行動モデル」と比較した。頭で考えれば、引き出しの中のものを取るには一歩後ろに下がって引き出しを大きく開け、ボウルを取り出したらそれをいったんカウンターかどこかに置き、それから引き出しを手で閉める、となる。

観察を始めてすぐ、「人は料理をするとき、1つの行動が完了する前に次の行動の準備を始めたり、2つの行動を並行して始めたりという、論理的には説明できない行動を多くとる」ことを田口さんは実感した。「忙しいからできるだけ早く作業を済ませたい」「面倒なことは省きたい」「できるだけ体を動かしたくない」という無意識の心理が見えてきた。

これをもとに開発したのが「らくパッと収納」という、引き出しの中の収納機構だ。いままでは引き出しを開けるためには一歩後ろに下がる必要があったが、「らくパッと収納」では引き出しが斜めに開口するので、自分はほとんど動かず、小さい開口角度で奥のものを取り出せるようになっている。1回あたりの時間は小さくても、毎日となれば節約できる時間は大きい。忙しい主婦の心を掴むことができた。