当時のJ&Jは潤沢な資産を持ち、業績も好調だった。また、同社のリーダーは、正しい決定を下すのに必要なデータを手にしていた。たとえば、同社のステントの市場シェアがヨーロッパでは縮小しつつあることを知っていたのである。それでもJ&Jは、しかるべき対応をしなかった。自社の支配的な地位を活かすことに気を取られ、需要に追いつこうと生産拡大に全精力を注ぎ続けて、そのために継続的なイノベーションの必要性が見えなくなっていたのである。
同社の独占に近い状態が、顧客の要望を真剣に受け止めるのを阻む傲慢と自己満足の文化を育んでいた。やがてライバルのガイダント社が顧客のニーズをよりよく満たす製品の発売を認可されると、その製品は45日間で市場の70%を獲得した。
J&Jの失敗は、フィンケルスタインが近著『Why Smart Executives Fail(なぜ賢い経営者が失敗するのか)』 (2003年)のために研究した企業の失敗、50例のうちの典型的なものだ。フィンケルスタインが発見した失敗パターンの1つに、2重の失敗(two-part dynamic)がある。過去の成功を生んだ処方箋が乱用されたり、誤用されたりして、その結果、現実がひどく歪めてとらえられるようになる。そして、この思考態度の欠陥が、修正されるどころか逆に制度化されてしまうのである。桁外れの業績を促すための価値──たとえば、組織の目標についての確固たるビジョン──が、濃密になりすぎるわけだ。その結果が、「(その会社に)広く行き渡っている現実のとらえ方と矛盾する情報はすべて組織的に排除する閉鎖的な文化」だとフィンケルスタインは述べている。
フィンケルスタインの言うゾンビ症候群は、ハーバード・ビジネス・スクールのドナルド・N・サル教授が近著『Revival of the Fittest(適者復活)』 (03年)で「積極的惰性」と呼んでいるものと似通っている。しかし、成功の処方箋の硬直化に対するサルの治療法が、コミットメントをガラリと変えること──一部の事業から撤退するとか、コストを増大させたり、現状維持を不可能にしたりする新しい戦略的方向に資源を振り向けるといった、いわばショック療法──であるのに対し、フィンケルスタインの提言は予防的性格のものであり、手順や人間関係の面からのよりソフトな介入に重点を置く。
組織をゾンビ症候群から守るために、まず認識する必要があるのは、優れたパフォーマンスを促すための行動規範も、行き過ぎると個人の思考や行動に硬直性や閉鎖性といった悪影響をもたらすということだ。したがって、そうした悪影響を中和する要素を採り入れて、バランスを取らなくてはいけない。これを行うにあたっては、リーダーの役割がとくに重要だ。具体的な課題について、またそれに取り組む際の自分の役割や他のメンバーの貢献について、チームのメンバーが暗黙のうちに抱いている想定や考えを変えさせることによって、リーダーは自分のチームの情報受け入れ能力を劇的に高めることができる。つまり、新しい戦略的思考態度を必要とする情報、それまでの物の見方を打ち破るような情報を積極的に受け入れるチームに変貌させることができるのである。