夜の森を楽しみながら自然の息吹を学ぶプログラム。

自然学校オープン当初、白川郷一帯の旅館は世界のトヨタの旅館業進出に実は戦々恐々だったと伝えられる。なにしろトヨタ白川郷自然学校は宿泊収容人数が約100人、全31室とやや小ぶりながらも、建物は自然の木材をふんだんに用いた豪奢な造り。総建設費およそ30億円が投じられ、お風呂もわざわざ地下1500メートル掘って天然温泉を構えた。おまけに8人の専属インタープリター(森の案内人)を擁し、施設に付随した広大な森林(52万坪=172ヘクタール)は、遊びながらさまざまな自然学習体験ができるという特別プログラム付きである。わずか1棟とはいえ、敷地内に合掌造りの家屋まで持っていて環境教育のメニューのひとつになっている。地元の旅館がすっかりお客を奪われてしまうのではないかと心配したのも、無理からぬ話であった。

このためトヨタは、開校前から白川村、旅館協会などの地元利害関係者との話し合いの場を設置。地元旅館との競合を避けるために施設全体を洋式とし、和室は最小限に抑えた。食事も和食は一切出さないことを約束。開校から1年後の調査において、自然学校の宿泊客数は、白川郷全体の増加分だけだったことが約束通り証明され、地元の理解を得ることに成功している。基本理念でうたった持続可能な共生関係を、地元とのビジネス関係においても実践してみせたのである。

特筆すべきは宿泊料金の安さ。1泊2食付きで大人1人10600円~19200円のレンジ。デラックスツインでも20100円~30000円。トヨタ側は否定も肯定もしないが、施設内容の充実度から見て、この料金設定ではオープン以来収支はずっと赤字であろう。利益を出すのが目的ではないからだが、利用者にとってかなりお得といえるかもしれない。

採算をある意味度外視したこのような取り組みには、経営トップの理解が欠かせない。開校に思い入れの強かった章一郎氏はその後も多くの役員と会うたびに、「ところで君はもう白川郷の自然学校に行ったかね」と誘いの声を掛けていたそうだ。東京本社の1階ロビーで近隣の児童や身体障害者の方々などを招いて時折開かれるロビーコンサートに、広報部への予告なしで顔を出したりする豊田章男現社長も、確度の高いウワサによれば、直近に家族で自然学校を利用したという。

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